桜ふたたび 後編
2、常春の家
「ああ、家はいいなぁ」
ベッドに仰向けに倒れ込み、大の字に四肢を思い切り伸ばし、ジェイはしみじみと呟いた。
ここは常春の楽園だ。
草原のような静けさ、森林のような穏やかさ、花園のような温かさ。すべてを忘れて安らう処。
母の胎内というのは、こういうものだろうか。
ブランケットがふわりと揺れて、澪がそっと体を滑り込ませてくる。
立ちのぼる風が、石鹸のやさしい香りを運んできた。
ジェイは澪の髪に唇を寄せ、香りを愉しむように大きく息を吸った。
「ずいぶん髪が伸びた」
「サロンで、着物やドレスを着る機会が多くなるから、伸ばそうかと思って。……短い方が、好きですか?」
「ショートでもロングでも、澪はかわいい。でも、前髪は上げた方が好きだな」
そう言って指で前髪をすくうと、澪はあわてて額を隠す。
「なに?」
「……傷痕があるんです。だから……」
「知ってる。でも。目立つ痕じゃない」
左の生え際に、3㎝ほどの稲妻型の裂創がある。
いまではほとんど薄れているが、澪はそれを過剰に気にして、おでこに触れられるのをひどく嫌がった。
「何かにぶつけた?」
「……子どもの頃、カイダンで、コロンで……」
と、嘘がつけない澪は、言いにくそうにくちごもったあと、
「母に……打たれました」
言い直した。
なるほどと、ジェイは頷いた。
おおかたヒステリーを起こして、手近にあったもので殴ったのだろう。あの母親なら、やりかねない。
この傷の位置を見れば、まともな医者なら虐待を疑うはずだ。
澪が傷を隠すのは、母を庇おうとする気持ちのあらわれなのかもしれない。
ベッドに仰向けに倒れ込み、大の字に四肢を思い切り伸ばし、ジェイはしみじみと呟いた。
ここは常春の楽園だ。
草原のような静けさ、森林のような穏やかさ、花園のような温かさ。すべてを忘れて安らう処。
母の胎内というのは、こういうものだろうか。
ブランケットがふわりと揺れて、澪がそっと体を滑り込ませてくる。
立ちのぼる風が、石鹸のやさしい香りを運んできた。
ジェイは澪の髪に唇を寄せ、香りを愉しむように大きく息を吸った。
「ずいぶん髪が伸びた」
「サロンで、着物やドレスを着る機会が多くなるから、伸ばそうかと思って。……短い方が、好きですか?」
「ショートでもロングでも、澪はかわいい。でも、前髪は上げた方が好きだな」
そう言って指で前髪をすくうと、澪はあわてて額を隠す。
「なに?」
「……傷痕があるんです。だから……」
「知ってる。でも。目立つ痕じゃない」
左の生え際に、3㎝ほどの稲妻型の裂創がある。
いまではほとんど薄れているが、澪はそれを過剰に気にして、おでこに触れられるのをひどく嫌がった。
「何かにぶつけた?」
「……子どもの頃、カイダンで、コロンで……」
と、嘘がつけない澪は、言いにくそうにくちごもったあと、
「母に……打たれました」
言い直した。
なるほどと、ジェイは頷いた。
おおかたヒステリーを起こして、手近にあったもので殴ったのだろう。あの母親なら、やりかねない。
この傷の位置を見れば、まともな医者なら虐待を疑うはずだ。
澪が傷を隠すのは、母を庇おうとする気持ちのあらわれなのかもしれない。