桜ふたたび 後編

菜都はにわかに奥歯を噛み締めた。眉間を寄せ目を細め、昔の剣呑な顔つきになっている。

「あのおばはん、ようも呪いの言葉なんぞ残してくれはった」

澪が顔を背けたのは、〝呪い〞という単語だ。そう、澪は面前で呪詛された。

「澪さんのことや、紗子さんの言葉を真ぁに受けて、また変なこと考えているんやないかって、心配になって……」

そのためにわざわざ来てくれたのかと思うと、胸が熱くなる。

「ありがとう。心配してくれて。でも、言われて当然だから」

「ほら! やっぱり紗子さんの術中にはまってる。
あの人はな、他人の幸せが憎いんや。昔から、誰かに噛み付くことでプライドを保とうとする人やった。
そやから、そういう病気なんやと思うて、あんな女の言うこと、いちいち気にせんとき」

幼いころから菜都は、紗子を毛嫌いしていたようだ。
澪との不倫を批難しながらも、柚木を擁護していたのは、彼の立場に同情していたからだろう。

「この世に過ちを犯さへん人間なんておらんよ。そやのに、一度足を踏み外したら、どんなに心から償のうても、一生責められ続けなあかんわけ? アホくさ! 誰やて明日は我が身やないの。
〈罪を憎んで人を憎まず〉。日本には〝禊〞いう素晴らしい言葉があるんや」

菜都が言うと説得力がある。
不良のレッテルを貼られても、上からマジックで〝元〞と書き加えて、あっけらかんと笑い飛ばすようなひと。柔軟で、強い。

「言うたやろ? 誰にかて幸せになる権利はある。優しい加害者でも、嘘つきの被害者でも、弱虫の善人でも、──裏切り者の偽善者でも」

ああっと、澪は目を開いた。
六年間、誰よりも傷つき、心を痛めていたのは──菜都だ。

「過去が幸せにしてくれることなんてあらへん。昨日は明日の〝肥やし〞でええんよ。
澪さんがそうやっていつまでも昔を引きずってるから、まわりの人間も引っ張られてしまう。もうしがらみは一切捨てて、せっかく目の前にある幸せを、素直にいただいてしまおうな」

澪は小さくうなずいた。
すべてを飲み込むにはまだ時間がかかるだろう。でも、暗闇の中に、曼珠沙華がほの明るく咲いたような気がした。
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