桜ふたたび 後編
「おかしいな。澪にマーキングできるのは、私だけのはずなのに」
首筋に唇を寄せると、澪は「ダメダメ」と笑いながら身をよじった。
「そんなところにつけたら、目立っちゃう」
「私のものだという印だから、目立たないと意味がないだろう?」
「大丈夫です。印なんてつけなくても、わたしはジェイのものだから」
「ほんとうに?」
こくこくと、澪は頷いた。
「やはり心配だから、身体中に印をつけておこう」
「そんなことしなくても、心の一番深いところに、マーキングされてるのに」
澪は恥じらいながら言う。
幸せだ──。
この幸せを、失いたくない。
いずれ巨大なハリケーンがこの部屋も襲うだろう。すべてがなぎ倒され、破壊されつくしても、このかけがえのない存在だけは死守したい。
「AXを辞めて、ふたりでここで暮らそうか。そうすれば、一日中、澪を愛していられる」
睦言の夢語りと受け取ったのか、澪は微笑みながら首を振った。
「そんなことをしたら、みなさん困ってしまいますよ」
──ルナ、私が彼女のために捨てるものは、一つしかない。けれど、彼女がそれを望まないんだ。
「ジェイ?」
澪が不安げに見つめている。
──いけない。
ジェイは、澪の視線を避けるように、抱きしめた。
今、事態の急変が発覚すれば、澪はこの楽園を去るだろう。
〝愛しているから別れを選ぶ〞という、とうてい理解不能な愛情表現を、澪が再び犯す前に、どうすれば彼女の足首に絡みつく過去の亡霊たちを、絶ち払うことができるのだろうか。
マダム・ネリィは言った。
〈澪の心が不安定なのは、根深い自己否定にあります。だから、自分に向けられる愛さえも、彼女は信じてはいないのです〉
ショックだった。
愛することも、愛されることにも怯えていた澪。
彼女はまだ、あの嵐の夜のまま、暗闇に立ち尽くしている。こんなにも、狂おしいほどに愛しているのに。