桜ふたたび 後編
「おかしいな。澪にマーキングできるのは私だけなのに」

首筋を強く吸うと、澪は「ダメダメ」と笑いながら身を捩った。

「そんなところにつけたら目立っちゃう」

「私のものだという印だから、額の傷より目立たないといけないだろう?」

「大丈夫です。印なんてつけなくても、わたしはジェイのものだから」

「ほんとうに?」

こくこくと澪は頷いた。

「やはり心配だから、身体中に印をつけておこう」

「そんなことしなくても、心の一番深いところにマーキングされてるのに」

澪は恥じらいながら言う。
ジェイは気が抜けたように笑った。

幸せだ。この幸せを失いたくない。いずれ巨大なハリケーンがこの部屋も襲うだろう。すべてがなぎ倒され破壊されても、このかけがえのない存在だけは死守したい。

「AXを辞めて、ふたりでここで暮らそうか。そうすれば、一日中、澪を愛していられる」

睦言の夢語りと受け取ったのか、澪は微笑みながら首を振る。心の底で望んでいても、彼女は決してそれを喜ばない。

──ルナ、私が彼女のために捨てるものは一つしかない。けれど、彼女がそれを望まないんだ。

「ジェイ?」

澪が不安げに見つめている。いけないと、ジェイは視線を避けるように澪を抱きしめた。

今、事態の急変が発覚すれば、澪はこの楽園を去るだろう。〝愛しているから別れを選ぶ〞という、とうてい理解不能な愛情表現を澪が再び犯す前に、どうすれば彼女の足首に絡みつく過去の亡霊たちを絶ち払うことができるのだろうか。
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