桜ふたたび 後編

「なにか、ありました?」

「いや、どうして?」

「なんとなく──」

ジェイは詮索を怖れて唇を塞いだ。
次第に澪の呼吸が変わる。

バラ色に上気した頬をそっと撫で、

「Love me do.(私を愛して)」

躊躇うことなく、澪は濡れた瞳で頷く。

「Yours forever.(永遠にあなたのものよ)」

この白露のような存在を、永遠に側に置きたいと、彼女に手を掛けようとしたこともあった。
あの頃は、奪うことしか知らなかった。

だが今は、彼女に与えてやりたい。
彼女が生まれてきた意味を。
彼女が存在する理由を。
死してなお不変な愛の証を。目に見える確かな形で──。

「my wifey、お願いがあるんだ」

「なんでも」

「子どもがほしい」

澪の体がいっとき、強張った。

「もう、待てないんだ」

切羽詰まったような口調に、澪は驚いてジェイを見つめた。

彼のこんなに自信のない表情は、澪にははじめてだった。
やはり、なにかあったのだ。
それなのに、澪がいつまでも曖昧だから、彼の足場を不安定にさせている。

澪は、赤子を抱くように、優しくジェイを胸に包んだ。
そうして、彼の息づかいをしみじみと感じながら、内なる自分に問いかけた。
自分が真実なにを望み、なにを欲しているのか。そのための覚悟を。

──ほんとうは、その言葉をずっと待っていたのだと思う。

〈結婚して、子どもをつくって、幸せな家庭を築こう〉

いつだって、心の底で夢見ていた未来。
〈ジェイの子をこの身に宿し、わたしが産みたい。彼と子どもと笑い合える、幸せな人生を歩みたい〉と。

決して追ってはいけない夢だった。
だけど今は、言挙げしても赦される。

──大丈夫。呪いなんて、ない。

今まで、前へ踏み出せない勇気のなさを、〝呪い〞という言葉でまやかして、自己弁護していただけ。
呪いがあったとすれば、かけたのは自分の心の弱さだ。

──ジェイに愛されて、わたしは強くなった。
誰に軽蔑されようと、神様や仏様が赦してしてくれなくても、罪も負い目もすべて放り出して──いま、目の前にあるふたりの幸せを、掴み取りにゆく。

──覚悟は、ある。

澪はそっと、ジェイの髪を撫でた。
アースアイがゆっくりと開かれる。
澪は静かに微笑み、そして、しっかりと揺るぎなく頷いた。
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