桜ふたたび 後編

3、秋の訪問者

ルーフバルコニーの秋桜が、満開を迎えている。

澪は、テーブルの一輪挿しに挿した秋桜の向きをそっと直し、そわそわとインターホンに目をやった。
チャイムが鳴ってから、もうずいぶん経つような気がする。まだか、まだかと、居ても立ってもいられず玄関へ向かったとき、再び呼び鈴が鳴った。

「来たよ、澪!」

「いらっしゃい、千世!」

玄関先で子どものように抱き合い、澪は千世の後ろを覗き込んだ。

「あれ? 武田さんは?」

「え~? なんで脩平? 羽伸ばしに来たんよ」

言いながら、千世はスーツケースを転がして、さっさと廊下の奥へと進んでゆく。
ひとりが苦手な彼女が、単独行動なんて、珍しい。

「しっかし、えらいお上品なマンションやな。エントランスホールなんか、高級ホテルかと思うたわ。──ほんで? 今日はプリンスは?」

「昨日からニューヨーク」

「へぇ〜?」

もっと残念がるかと思っていたのに、意外にあっさりと、むしろほっとしたような口調。

元はといえば、千世がジェイに一目惚れしたのだ。
確かに、スキャンダルで彼を見損なった時期もあったけど、イタリアウェディングの教会をすごく気に入っていたし、ガイドやビデオグラファーを手配してくれていたり、レストランでウェディングケーキや生演奏のサプライズ演出を用意してくれていたりと、彼の心遣いに大喜びしていたから、帳消しになったと思っていたのに。
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