桜ふたたび 後編
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目の前の料理撮影を終えた千世は、今度は目を輝かせて周りのテーブルを観察している。

持参したグルメガイドからイチオシしただけあって、店はかなり盛況だ。
バレンシアの農家を思わせる健康的な内装。塩や水にまでこだわる自然派スローフードというロハスなコンセプト。なにより〝映え〞メニューが、流行に敏感な女性たちのハートをしっかり掴んでいると、雑誌には紹介されていた。

「やっぱ東京はみんなオシャレやわ。店の雰囲気もオシャレやし、料理もオシャレ、会話もオシャレ。ええなぁ、うちも東京に住みたいわ〜」

「でも、物価が高くて、生活には向いてないと思う」

「なにしみったれたこと言うてんの、このミニマダム。あんたにはプリンスがついてはるやないの」

「う……ん。でも、彼の金銭感覚って、だいぶおかしいから……」

上京してすぐ、婚約中の義務や権利、生活の諸々に関する契約書を交わした。
契約社会に馴染みのない澪は、ジェイにせっつかれるままよく読みもせず署名してしまい、翌日、一ヶ月分の生活費だと振込まれた金額に、泡を喰った。

「そりゃ、あーた、センチュリオン・カード、持ってる人やで? 知ってる? 上限額なし、高級車も不動産も買いたい放題のチートカード。
プリンスからすれば、すぐ、〈もったいない〉って言うあんたのほうが、おかしいと思うてはるわ」

澪には、祖母の教えで倹約精神が染み付いている。
貧しくはなかったけれど、漁村の暮らしは質素で、自然への信仰心が深かったから、食べ物や物を粗末にできない。

加えて、両親は見栄っぱりで計画性がない。弟のサッカーにもずいぶん注ぎ込んでいたので、澪はお小遣いさえ言い出せず、倹約せざるを得なかったのだ。

だから、お金の心配をしなくてすむ生活に、憧れがなかったわけではない。
けれど、いざ身の丈以上のお金を前にしたら、貧乏性の澪は不吉で不安でたまらない。羽が生えたお札を虫取り網で追いかけては逃げられる夢に、何度うなされたことか。

「せいぜいおねだりして散財させてやれば? クールぶってカッコつけてても、あんたのこととなると必死なんやから。
まぁ、あんた如きの贅沢では、痛くも痒くもないやろけど」

千世はなぜか悔しそう。
澪は首を捻った。

──やっぱり、ジェイにムカついてる?
嫌なことはすぐ忘れてしまう千世なのに、なにが原因なんだろう。

「愉しそうじゃん」

いきなり背後から声をかけられ、澪は吃驚した顔を振り向けた。
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