桜ふたたび 後編
真相を明かせば、澪が己を責めるとわかっていたのか、ジェイは大きく息を吐くと、澪の左手を引き寄せ、リングに頬ずりした。
「私が欲しいのは澪だけだ。だから、彼女のために何かを犠牲にするのは、もうやめた」
澪は、当惑と哀しみの混ざった顔で、ジェイを見つめた。
「……家を……捨てるの?」
「澪がそうしたいというのなら、ふたりで逃げてもいい」
澪はしっかりと首を振った。
想いは嬉しい。けれど、ジェイは決して〝逃げる〞選択をしてはいけない。澪がさせたくない。
ジェイは少し残念そうに、やはりと片頬をあげた。
「それなら、覚悟を決めてくれ。私たちはすでに嵐のなかにいるんだ。澪がここで灯りを点し続けてくれなければ、私は難破してしまう」
切実に言って、ジェイは目を瞑った。ためらいの無音が、次の発言の重さを物語っている。
「お互いに……、過去の亡霊に囚われるのは、もう、よそう」
ジェイはそっと、澪の頬に手をやった。
「澪が私の弱さも醜さも愛してくれるように、私も澪のすべてを愛している。──生い立ちも、過ちも、すべて」
澪は息を詰めた。
──ジェイは、知っている……?
「私は、澪の笑顔が見たい。幸せで幸せで堪らないという笑顔が見たい。そのためなら、どんなことでもする。澪を苦しめる悪魔からも、亡霊からも、私が盾になって守ってあげる。──澪も、私のために戦ってくれないか?」
突然、澪はぽろぽろと落涙した。
すうっと憑き物が落ちたように、何の思いもなく、熱いものが瞼の堰をあっけなく越えて、大きな真珠の雫が、ぽたぽたとジェイの手に落ちた。
彼にだけは知られたくなかった過去。
隠し通そうとして、心の膿をますます悪化させていた。
それなのに、ジェイは澪の罪を識って、それでも愛してくれていた。
背に搦んだ亡霊から、澪を解き放とうとしてくれていた。
ジェイは、澪の涙をそっとを指先で拭い取ると、その体を胸にかき抱いた。
「今、私たちのために大勢のスタッフが動いているんだ。一分一秒でも無駄にはできない。それなのに、今日みたいに澪が心配で、私が足を止めてしまったら、みんなの努力が無駄になる」
ジェイの胸のなかで、澪は涙のまま、こくんと頷いた。
「誠一が言っていた。〝澪〞は船を導く水路のことだと。どんな困難な旅であっても、希望へと導いてくれると」
そして、耳元に優しく囁く。
「忘れないで。離れていたって、澪がいるところが、私の〝家〞だ。たとえどこにいても、なにが起こっても、私は必ず帰ってくる」