桜ふたたび 後編
❀ ❀ ❀

澪はルーフバルコニーへ出て、合わせた指先に白い息を吹きかけた。

パンジーやビオラが、冷たそうに真綿の花を乗せている。
見上げると、ぼんやりとした明るさの上に闇があり、そこから蛍のように雪片がふっと浮き上がり、ゆらゆらと舞い落ちてくる。
ひとひら、ふたひらと頬に当たり、すうっと溶けて流れていった。

ジェイが今いる国には、雪は降らない。
サンタクロースも、ラクダに乗ってタンクトップで現れるだろう。

──ああ、イスラムにはクリスマスはないのか。

澪は寂しく微笑むと、身震いをひとつ。両肩を抱きしめながら、部屋へ戻った。

窓を閉め、カーテンに手をかける。
窓辺に飾ったモミの木で、ペッパーランプが色を変えるたび、窓硝子に映る自分の顔も、赤や緑や金色に染まった。

部屋のどこかで、コトリと物音がした。
澪は一瞬体を竦め、後ろを振り返った。
ツリーの点滅にあわせて、壁に映る物影が浮かんでは消え、ひとりの頼りなさを一層募らせる。

澪は、明かるさと音を求めて、テレビを点けた。

リビングボードには、ジェイの笑顔。
千世にジェイの写真をせがまれたとき、写メの一枚も持っていないことに気づいて、色鉛筆で描いた似顔絵だ。
日に何度も眺めては、寂しさを紛らわしていた。ときには、独り言を聞いてもらったり、笑いかけたりして──。

今夜もまた、ワインと小さなブッシュ・ド・ノエルを並べて、似顔絵に向かってひとり乾杯をする。

それから、いつの間にか、ソファでうとうとしてしまったらしい。
電話の音に、はっと時計を見ると、ちょうど午前0時を指していた。
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