桜ふたたび 後編

そこには──髭面に黒サングラスの男が立っていた。

男は無言で、覆い被さるように襲いかかってくる。
澪は恐怖に青ざめて、あたふたと床を這いずった。

「タ、タスケテ……」

「澪、澪」

ガタガタと歯の根が合わない澪の前に、アースアイが現れた。

「私だよ」

「……ジェイ……?」

「ただいま」

澪は目を見開いたまま、固まっている。

「どうした?」

「ひ、ひげ……」

口髭と鬚髯で鼻の下から顎下まで覆われて、すっかり人相が変わっている。

「嫌い?」

澪は首を横に振るのももどかしく、子どものように彼の首に抱きついた。

ジェイはローマにいると、決めてかかっていた。
クリスマス同様、一人で新年を迎えるのだと諦めていた。
今年最後の、サプライズ。

「お帰りなさい」

「うん」

薄闇の中で、ふたりの鼓動だけが聞こえる。
どんなにこの時を待ち焦がれただろう。たったひと月なのに、今回はずいぶん長かった。

唇が触れる。
いつもと違うのは、髭のせい。あまりのくすぐったさに、たまらず笑いが漏れた。

「ひげが……」

ジェイは構わず耳朶を噛む。
澪は身を捩って笑った。

「我慢しろ」

「だって……」

笑いながら、その声はやがて、甘い吐息に変わっていった。 
< 153 / 270 >

この作品をシェア

pagetop