桜ふたたび 後編

「どうした?」

澪は答えない。

「厭ならキャンセルするけど……」

釈然としない。何が気に染まらなかったのか。

──風呂と温泉は、違うのか?

「もう少し、一緒にいられると思っていたから……」

一瞬耳を疑った。
今までの彼女なら、こちらが落胆するほどあっさりと、納得していた。
男の側からすれば、これくらいの我がままはむしろ可愛らしい。

嬉しさが、つい軽口を叩かせた。

「バハルへ一緒に行く?」

「はい」

意想外の答えに、提案者のほうが狼狽した。
今まで、澪を連れ出そうと言葉巧みに誘っても、彼女が首を縦にしたことはない。
常なら快哉を叫ぶところだ。だが、しかし、今回だけはどうしても、彼女を連れて行くことはできない。

ジェイは宙を見つめた。とんだ藪蛇だ。

「澪──」

寝返りを打った白い肩が、無言で抗議している。

「ごめん」

「いいえ、わかってます。仕事に女連れは拙いですよね。パリも近いし……」

そんなに怒らせたのか、澪が厭味を含ませるなど珍しい。

「澪、こっち向いて」

ジェイは宥めるように言った。

「……」

「向けよ」

体を起こして、力ずくで裏返すと、澪はオセロのように呆気なく上を向いた。
< 156 / 270 >

この作品をシェア

pagetop