桜ふたたび 後編
【モーリスをご存じですか?】
【良質なレアアースが見つかったという島だ】
【さすがです】
唐沢は大仰に感心してみせた。
【彼の地の開発援助のため、日本政府はすでにODAの無償資金を決定しています。我がミツトモも、技術支援を申し出ています。ただ──若干の問題が生じておりまして】
唐沢のもったいぶった口回しに、ミロシュビッチは思わず身を乗り出した。
【モーリスは、近年イギリスの植民地政策から脱却して民主化を成し遂げたわけですが、先住民とイギリス系住民との支配関係は根絶されておりません。貧富の差は激しく、不当な労働条件の改善と職を求めるデモが、連日のように起こっています。
そのうえ、強いリーダーシップもなく、新たな利権の奪い合いで政局が極めて不安定です。
このままでは内部から崩壊し、貴重な天然資源を狙う他国によって、再び植民地化されるのは目に見えています】
【うむ……】と、ミロシュビッチは唸った。
【あの国には傀儡師が必要なのですよ。あなたのような、影の実力者が】
唐沢は口元を手で隠し、ミロシュビッチの耳元に囁く。
【これは極秘情報ですが、血気盛んで優秀な若者たちが、資源ナショナリズムと王政復古を目論んで、すでに準備を進めています。〝ロシアの白熊〞と畏れられたあなたが後ろ盾となれば、あの国が新しい夜明けを迎える日は近いでしょう】
【……】
【種は充分蒔いてあります。どうですか? 南洋の真珠貝を釣り上げてみませんか? これから大発展する東南アジア市場進出の、足掛かりとして】
【……そう簡単にはいかん】
【そうでしょうね】
唐沢は呆気なく引き下がる。そして、無念そうに嘆息した。
【オアシスのプリンスも、ジョイントベンチャーを立ち上げて、開発計画に乗り出すそうです。まあ、いずれ目敏いアメリカが、対中国への牽制で、政治介入してくるでしょう。そうなると、我々はまた、ホワイトハウスの機嫌をうかがわなければならない】
ミロシュビッチは黙り込んだ。
空になったグラスの中で氷が溶けるのも気づかず、じっと思案している。
唐沢はウォッカグラスを差し替えながら、そっと耳打ちした。
【ロシア検察が近々動くそうです。あなたは目立ち過ぎた。あなたの財産を彼らは没収するつもりです】
ミロシュビッチは眦を上げた。
【没収? 何の権利があって、わしの財産を奪えるんだ】
【理由などいくらでもでっち上げられます。税金滞納分支払いのための保全処分だとかね。それが〝国〞という権力です。次の大統領選挙に向けて、あなたのような存在は邪魔なんですよ】
そして、明るい表情で、やんわりと脅す。
【安心してください。さすがのスペツナズ(ロシア軍最強の特殊部隊)でも、あなたの暗殺までは考えないでしょう】
ミロシュビッチは苛々とグラスを煽った。
唐沢は、ことさら無邪気な笑顔を向けた。
【──さて、このお話はここまでにしましょう。もし〝大きな買い物〞をする気になったら仰ってください。確実に手に入れる〝秘策〞を、お教えしますよ】