桜ふたたび 後編

「明日は早く帰れるから、久しぶりに澪の手料理が食べたい」

澪は、申し訳なさそうな顔で、ブルスケッタとビールをローテーブルに置く。

「ごめんなさい。明日、お昼の飛行機で帰ろうと思って……」

ジェイはグラスを取り損ねた。驚きと疑問で、眉間が寄っている。

「なぜ⁈」

「お休みをもらえなくて……」

アルバイト先のホテルは、夏の書き入れ時。先週、連休を取ったばかりで、そうたびたび休みを言い出せない。

それに、ここへ通う交通費のためにも、収入が減るのは痛い。
今日のように、休みの前日に最終の飛行機に飛び乗って、翌日の夕方戻れば、休まずにすむ。

問題は──。

「澪」

澪はギクリとした。声色が低い。
膝立ちのまま、おそるおそる目を上げると、瞳の色がやはり濃くなっていた。

「言ったはずだ。澪がいるところが、私の家だと」

確かに、プロポーズのときにそう言った。
〈私はこれからも飛び回っているけれど、澪がいるところが〝私の家〞だ〉と。

「だから、ここを買った。インテリアもそろえた。私が毎晩、暑い部屋へ帰ってくるのは、ひとりで眠るためではない。いつまで私に、こんな生活を強いるつもりだ?」

澪はへなへなと床に尻を落とし、

「……ごめんなさい……」

「それで?」

謝って、あとは逃げてすませるつもりか──と、視線で責められ、澪は肩をすくめた。
< 18 / 270 >

この作品をシェア

pagetop