桜ふたたび 後編

4、魔術師のタクティクス

木々をかき鳴らす疾風に、澪は花摘みの手を止めて、庭のシンボルツリーの桜の青葉を振り仰いだ。

今年の桜は短かった。満開と同時に春の大嵐がやって来て、お花見をする間もなく散ってしまった。

──だからジェイは、帰ってこられなかったんだ。

〈桜が咲くまでは逢えない〉

正月旅行からの帰り、別れの羽田空港で、ジェイは投げるように言った。

〈私から連絡するまで、何があっても連絡してきてはいけない〉

澪は大きく息を吐いて、ハナニラの花がらを摘み取った。
時期を終えたというのに、まだいじらしく花をつけている。このまま間延びして弱って、枯れてゆく運命だ。

あれから、もう半年近く。
あの旅行の目的が、ほんとうは最後の思い出づくりだったのではないかと、ついつまらないことを考えてしまう。

直後に外国人弁護士が訪ねてきて、理由も聞かされぬまま、マンションの名義を澪へ変更する手続きや、目にしたことのない桁数の小切手を押しつけられたから。

──手切れ金……とか?

いやいやと、澪は首を振った。
澪との関係を清算するつもりなら、ジェイは直接告げるはずだ。

ただ、今までこんなに長く音信不通だったことなどなかったし、毎月貯まるばかりだったバカ高い生活費の送金もぷっつり途絶えたから、少し不安になっただけ。
なんだかもやもやして、例の長い長い契約書を改めて読み返してみたら、確かに婚約破棄時の慰謝料に関する条項があって、不安が増幅されただけ。

ジェイのことだから、なにか考えがあるのだろう。
澪はここで待っていると信じているから、彼も安心して仕事に専念しているのだ。
会えないことは寂しいけれど──大丈夫、きっと、きっと、大丈夫……。
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