桜ふたたび 後編
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十五分後、アテンダーの事情聴取が始まった。
綾乃は気丈に一礼し着席した。だがその顔は、血の気を失い紙のように蒼白い。
男でさえろれつの回らない状態だったのだ。期待はできそうにないと、ジェイは窓を背に腕組みしたまま、小さく息を吐いた。
『花嫁が車を止めさせるまで、何か変わったことはありましたか?』
ウィルも、半ば諦めモードなのか、それとも相手が女性だからか、声が柔らかい。
綾乃は、驚くほど明瞭に、思いもかけないことを言った。
『澪さんのスマートフォンに着信がありました』
ジェイは思わずテーブルに駆け寄った。
交際範囲の狭い澪に、直接コンタクトできる人物は限られてくる。
『電話の最中に、急に青ざめて……〈車を止めて〉と叫ばれたんです』
『会話の内容は?』
ジェイの顔に、綾乃は無念そうに頭を振った。
治療の成果か、しっかりした受け答えに、かえってジェイは暗澹とした。
──嵌められたのだ。澪はまんまとおびき出された。
『花嫁は車を降りてから、どうしましたか?』
『……外の様子はプライベート硝子でよく見えませんでした。でも、車のすぐ後ろに白いワンボックスカーが停まっていて、その前で澪さんが、女の両腕を掴んで……何か、必死に訊ねているように見えました』
綾乃の声が震える。
『不審に思って私も車を降りようとしたんです。そのとき、その女が近づいてきて、〈花嫁がブーケを忘れたから取ってほしい〉と言われました。シートにあったブーケを手に取ろうとした瞬間、突然、体に電流が走ったように──』
ウィルが小さくうなづいた。
『女の顔は見ましたか?』
『帽子を……つばの広いガルボハットを目深に被っていて……濃い色のサングラスをかけていましたので……顔は……』
『どんなことでもいい。ほかに覚えていることはありませんか?』
綾乃は目を閉じこめかみを指で押さえ、記憶を絞り出すように言った。
『……ハーブ系の香水……。クリムソンのタイトワンピース……ヒップ周りがとても豊かでした。胸元の大きな黒薔薇のコサージュが、なんだか不吉で……』
──やはりそこに注目がいったか。
諦めたように踵を返したジェイに、綾乃は思い当たったように顔を上げた。
『赤髪……』
ジェイは瞳を開いて振り返った。