桜ふたたび 後編

『帽子の下から、おくれ毛が……はっきり、赤かったです』

『子どもは連れていなかったか? 七歳くらいの──』

『いいえ』

『警察に連絡しろ。絶対に逃がすな』

ジェイの言葉が早いか否か、ウィルはドアへ向かって駆け出した。

入れ替わりに入ってきたアレクとシルヴィが、ウィルの血相に驚いたように、その後ろ姿を振り返った。

《何かわかったのか?》

答えの代わりに、ジェイは背後の窓硝子を拳で殴りつけた。

硬質な破砕音。
鋭い硝子片が宙を舞い、床で跳ねて砕けた。

《ジェイ!》

駆け寄ろうとして、シルヴィはギョッと固まった。

《ひとりにしてくれ》

ジェイは呻くように言った。
髪が逆立つほどの怒りに、全身が震えた。
爪が皮膚に食い込むほど握りしめた拳から、鮮血がぽたぽたと滴り落ちた。

──赤毛の女。

あの日、取り逃がした女。
トミーを罠に嵌め、クリスのストーカーを唆してジェイを襲撃させ、カールを使って機密情報を改竄した女。

その背後にはアラン・ヴィエラがいる。
そしてアランは今、ジェイの報復によって社会的窮地にある。

──報復か。

〈報復は報復を生むだけなのに〉

澪の言葉が胸に突き刺さり、ジェイは血まみれの手で左腕の疼きを押さえた。
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