桜ふたたび 後編

2、運命の女神

ウィルたちがメルヴィン・マイヤーの所在を突き止めてから、十日が過ぎた。
居場所はフランス北部、ベルギー国境近くの都市──リール。

メルの母親の名はエマ。
オランダ出身の三十七歳。ベルギーでフランス人と結婚するも、七年前に夫が事故死。夫の親族を頼りリールに移住。近所の工場で時短労働しながら、一人息子を育てている──

という経歴は、すべて偽装。おそらく、誰かの〝なりすまし〞だろう。

だが、澪の姿は依然として見えず、ジェイの焦燥は日増しに強まっていた。

そんななか、送られてきたエマも画像を確認したジェイは、己の不甲斐なさに歯噛みした。

エルのEAだ。
AXビルで一度対面していたのに、なぜ気づけなかったのか。
まさか、虎穴に堂々と乗り込み、虎子を得ていたとは。──迂闊だった。

ジェイは、ミーティングテーブルを囲む仲間たちを見回した。

AXという超一流企業を辞め、ジェイを信じてJ&Aの旗揚げに加わった者たち。襲撃事件の際にも見限ることなく、人が羨む高年収も、エリートという世間の評価も、将来のポストも、すべて抛ってついてきた。

彼らにあるのは、己の仕事へのプライドと、ジェイへの熱い忠誠心。

それを、ジェイは今、踏みにじっている。

レオが調査状況を淡々と報告し、ニコが分析結果に熱弁を揮う。ウィルが辛辣に反論し、リンが冷静に場を進行する。

何ひとつ変わらない日常の光景を、ジェイは寂しさと愛しさで見守っていた。
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