桜ふたたび 後編

3、リールの子ども

リールの街中で、奇妙な押し問答があった。

《スピード違反です。免許証を》

白バイ警察官に停止命令を受けたエマは、驚いた顔をした。

《スピード違反って、そんなバカな?》

《5km/hオーバーです》

《5km/h未満は許容範囲でしょう?》

若い警官は違反切符から実直な顔を上げた。

《5km/hなら違反です》

エマは科を作って愛想笑いを浮かべた。

《ねぇ、お願い見逃して。これから学校に息子を迎えに行くの》

だが、警官は動じない。打って変わってエマは声を上げた。

《私のだけじゃないじゃないの。ほら、あれも!》

《そうですね》

見るとまた一台、捕まっている。
エマはふてくされたように、指先に赤毛をクルクル巻いた。

《免許証を》

エマは渋々バッグの中から免許証を取り出した。

《失礼ですが、サングラスをとっていただけますか?》

仕方がないと外したサングラスから現れたのはグリーンアイ。

免許証を手に顔を見比べた警官は、にわかに眉を寄せ、年輩の同僚を手招きした。
エマは素知らぬ顔を装ってスマートフォンをチェックするフリをした。腹の内では何か勘付かれたのかと全神経を相手に向け、その場を切り抜ける手段を探っている。
警察官たちはひそひそと相談しあい、何度も免許証を裏返したり光に翳してみたりしている。

《まだかしら? 早く行かないと、息子が心細い思いをしているわ》

年配の警察官が、神妙な顔でエマに言った。

《いや、今、偽造免許証が出回っていましてね。申し訳ないですが、本署に照会しますから、しばらくお待ちください》

《偽造だなんて、失礼でしょう?》

《いやいや、念のためですよ。すぐ済みますから》

ばれるはずはないけれど、ごねてあれこれと腹を探られるのは真っ平御免だ。
エマは仕方なく、苛立ちと緊迫と不愉快な時間から解放されるのを、辛抱強く待った。
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