桜ふたたび 後編

ウィルが閃いたように指を鳴らした。

『麻酔薬か!』

『エマは動脈麻酔薬をためらいなく、正確に注射した。素人には無理だ。それに、医療行為を行える仲間がいる。エマ・マイヤーは偽名だろうから、身体的特徴で医師登録と照合したが、ユーロ圏内に該当する者は見つからなかった』

『ラップランドのアーシャ。三十代から四十代。髪はジンジャーで瞳はグリーンの医師免許を持つ姉妹あり……』

ニコが高速でキーボードを弾きはじめる。
アランが関係当局に繋ぎをつけはじめる。
リンがプライベートジェットのフライト準備をはじめる。

──三十分後。

『残り十三人かぁ……』

思わぬ苦戦に、ニコは天然パーマをわしゃわしゃとかき乱した。

『ちょっと一服しましょう』

リンがそっと珈琲を差し出す。

『ありがとう』

カップを口に運びながらも、ニコはモニターから目を離さない。

『……ローラー作戦でいくしかないか』

ウィルが両腕を組み、諦め気味に呟いた。
リンがジェイを振り返った。

『レオを先乗りさせますか?』

それまでひとり仕事を進めていたジェイは、書類から目を上げて、ゆっくりと瞬きをした。
一呼吸置いて、デスクを人差し指で弾きはじめる。
その指先を、三人が固唾を飲んで見守る。

指を止め、ジェイは言った。

『新設から十年前後の医療施設の関係者』

すぐには意図が掴めず、ウィルとリンは首を捻った。
そのまま顔を見合い、ふたりはアッと同時に声を上げた。

『二億ドルか?』

十二年前、カールが搾取した二億ドルは、依然行方不明のままだ。
その事件の黒幕がアランだと、ジェイは考えているのか。

『ひとりヒット!』

ニコの声に、食いつくようにモニターを覗き込んだウィルは、とたんに仰け反った。
遠慮がちに困惑の目をジェイへ向ける。

『シアーシャ・オサリバン。サーリセルカ病院の看護師。姉の名はキアラ。……ああ、だめだ。北アイルランドの医師だけど、十一年前に死亡してる。──えっ? なに?』

『オサリバンの娘か……』

その名に、ウィルは苦い記憶を呼び覚まされたように呻いた。

『……ビンゴだよ、ニコ』
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