桜ふたたび 後編
アトランタのコンドミニアムを引き払ったとき、痕跡は全て消した。
カールが訪れる危険はあったが、万が一彼が捕捉されても、自閉症の口からは何も聞き出せやしないと、たかを括っていた。
やはりアランの命令通り、始末しておくべきだった。
メルが懐いているからと、情を移したのが失敗だった。
──そもそも、メルを巻き込むことは反対だった。
相手が子どもとしかコミュニケーションできないからと、我が子に犯罪の片棒を担がせるなんて、どうかしてる。
それでもアランの計略に従ったのは、復讐のため。
そのために十一年、臥薪嘗胆の日々を送ったのだ。
それにしても──カールはリールの地名さえ知らないのに、どこで足が着いたのだろう。
トミー・パーカーをたらし込み、エルモ・アルフレックスの懐に入り込み、盗み出した情報で完璧に進んでいた計画だったのに。
[──何か訊かれた?]
[なんにも訊かれない]
メルがふたつ瞬きしたのを、エマは見逃さなかった。何か隠しているときの息子の癖だ。
エマは、今度は猫なで声で尋ねた。
[メル。ねぇ、怒らないから正直に教えて頂戴。そのおじさんに、何を訊かれたの?]
メルは上目遣いに母親の顔色を伺う。
エマは微笑みをつくる。まるで聖母のような、優しい顔で。
メルは、両の人差し指と親指で三角形を作り、指先をぐちぐち動かした。
言うか……言わぬか……。
ようやく、チラリと母を見上げて、再び三角形に目を落として、口を開いた。
[なんにも訊かれない。でも、ぼく……ラップランドのこと、しゃべっちゃったんだ]
エマは驚駭した。
[ごめんなさい]
罪なく謝る息子を視線の端に見ながら、エマは蹶然と立ち上がった。