桜ふたたび 後編
キアラの婚約者には野心があった。
新たなホテルでの社長の座を目論んだ彼は、ホテルに不利な内情をAXにたれ込み、さらにはキアラから聞き出したIRA(アイルランド共和軍暫定派)と父の密事を告発した。
その目論見は失敗した。
言葉巧みで忠節心の欠片もない人物を、あの氷のような瞳の青年は、初めから信用してはいなかった。
キアラは美しかった。
神が与えたもうた紅い髪と緑の瞳。気高く育った姉は、自分へ向けられるものすべてが、好意だと疑わない。
だからこそ、リーアムとの婚約を聞いたとき、シアーシャは不安だった。
おでこが広く真っ白な歯を見せて爽やかに笑う男は、人当たりが良く初めのうちはホテルの従業員にも低姿勢だったのに、権力者に諂い取り入ると、豹変して横柄になった。父の名を振りかざし我が物顔で命じていると、悪評を耳にしていた。
あからさまな媚びは、受ける方もわかってはいるのだろうけれど、それでも上手に持ち上げられれば悪い気はしないから、父も彼に対する目が甘くなる。
公明正大と重きを成す父の名まで落とすのではないかと、何度も忠告しようと思った。けれど、僻みや陰口に捉えられかねないと勇気がでなかった。
言ったところで姉は太陽、妹は月──信じてはくれなかっただろう。
そんな中、あの忌まわしい事件が、起こったのだ。