桜ふたたび 後編

2、オサリバンの娘

針葉樹林を覆った雪が、真綿のようにあたりの音を吸い込んでいる。木々は枝先を凍らせ、星影を青白く弾いていた。

凛としたしじまを突き破って、町外れの森に佇む大きな三角屋根の家に、タイヤを滑らせ車が停まった。
雪を踏む靴音が近づいてくる。

シアーシャが憂鬱に窓に背を向けたのと同時に、家が揺れるほどのドアの振動に、ピクチャウインドに貼り付き積もっていた雪がパサリと落ちた。

訪問者は、姉だろう。
時々こうして突然やって来ては、厄介を押しつけて消えるのだ。今度は何だろう。

世間の冷遇に辛い思いを耐えていた妹に、生きる場所をつくってくれた姉には感謝している。住民のほとんど、犬さえも顔見知りになるようなとても小さな町だけれど、皆親切で穏やかで、幸せだと思う。

ただ今日は、夜勤明けなのに心筋梗塞に事故と急患が重なり、連続勤務でへとへとなのだ。
それに今夜は冷えて、せっかく温もった布団から出たくない。

寝たふりをしてしまおうかと、一瞬でも思った自分が情けなくて、シアーシャは己を鼓舞するように勢いつけて起き上がると、乱れたレディシュの髪を手櫛で整え、カーディガンを肩に羽織った。

だが、リビングにキアラはいなかった。
暖炉に火を入れながら地下室の物音に気づいたけれど、サウナに入っているのだろうと気にもとめなかった。

ドアの音に振り返り、シアーシャは仰天した。

『キアラ! ライフルなんてどうするの!』

スキーウエアに身を包み、ライフル銃を背に掛けて、キアラは強い瞳で前を睨んだまま答えない。

『キアラ!』

『女に逃げられたわ』

言うがはやいか、シアーシャを払い退けて玄関へ向かう。

『早まるのはやめて!』

腕を捕まれ、キアラは鋭く顔を振り向けた。
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