桜ふたたび 後編
❀ ❀ ❀
その日を境に、聡明で快活で自信に満ちていた姉は壊れた。
自信という鎧の内面は、実は打たれ弱く脆い。
医師として他者の苦しみに向き合っていた彼女が、今度は患者となり、現実の残酷さの前に崩れた。
いや、目の前で婚約者の頭が吹っ飛んだのだ。誰だって正気でいられるはずがない。
真実を受け入れることができず、理想と現実の狭間で疲れ、廃人のように過ごしていた姉に変化があったのは、リーアムの知人だというアランが見舞いに訪れてからだった。
血生臭い男。
殺人を犯したような禍々しい手で姉の肩を抱き、故人の思い出を語っていたが、その言葉の端々に、何かを探っているような黒い欲望を、シアーシャは感じていた。
姉は見る見る回復し、平常を取り戻したかのように見えた。
けれどシアーシャは、姉の瞳が、失ったもの代わりにただならぬものを見据えているようで恐ろしかった。
そう、アランは、空洞になった姉の心につけ込んで、〝復讐〞という魅惑的な光で目を眩ませ、都合のいい駒として利用しているだけだ。
❀ ❀ ❀
『あなたはアランに利用されているのよ。お願い、目を覚まして』
シアーシャはキアラの腕をさすり、子どもを諭すように声を落として言った。
『殺人犯の娘と世間から蔑まれ、何もかも失った私たちに、手を差し伸べてくれたのはアランだけよ。病院も、エマ・マイヤーという新しい名前も、メルという宝物も、彼が与えてくれた』
キアラは跳ね上げるように腕を払い、背中を向ける。
『メルに、私たちと同じ苦しみを与えるつもりなの?』
追いすがるシアーシャの鳩尾に、キアラは拳を入れた。
一瞬の出来事でシアーシャは避けられなかった。
ぐったりと気絶した妹を床に横たえ、キアラは玄関を飛び出した。
──森に逃げ込んだに違いない。
この寒さでは遠くへは行けない。
キアラは壁に立てかけられたスキーを履くと、森へと踏み出した。
その日を境に、聡明で快活で自信に満ちていた姉は壊れた。
自信という鎧の内面は、実は打たれ弱く脆い。
医師として他者の苦しみに向き合っていた彼女が、今度は患者となり、現実の残酷さの前に崩れた。
いや、目の前で婚約者の頭が吹っ飛んだのだ。誰だって正気でいられるはずがない。
真実を受け入れることができず、理想と現実の狭間で疲れ、廃人のように過ごしていた姉に変化があったのは、リーアムの知人だというアランが見舞いに訪れてからだった。
血生臭い男。
殺人を犯したような禍々しい手で姉の肩を抱き、故人の思い出を語っていたが、その言葉の端々に、何かを探っているような黒い欲望を、シアーシャは感じていた。
姉は見る見る回復し、平常を取り戻したかのように見えた。
けれどシアーシャは、姉の瞳が、失ったもの代わりにただならぬものを見据えているようで恐ろしかった。
そう、アランは、空洞になった姉の心につけ込んで、〝復讐〞という魅惑的な光で目を眩ませ、都合のいい駒として利用しているだけだ。
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『あなたはアランに利用されているのよ。お願い、目を覚まして』
シアーシャはキアラの腕をさすり、子どもを諭すように声を落として言った。
『殺人犯の娘と世間から蔑まれ、何もかも失った私たちに、手を差し伸べてくれたのはアランだけよ。病院も、エマ・マイヤーという新しい名前も、メルという宝物も、彼が与えてくれた』
キアラは跳ね上げるように腕を払い、背中を向ける。
『メルに、私たちと同じ苦しみを与えるつもりなの?』
追いすがるシアーシャの鳩尾に、キアラは拳を入れた。
一瞬の出来事でシアーシャは避けられなかった。
ぐったりと気絶した妹を床に横たえ、キアラは玄関を飛び出した。
──森に逃げ込んだに違いない。
この寒さでは遠くへは行けない。
キアラは壁に立てかけられたスキーを履くと、森へと踏み出した。