桜ふたたび 後編

2、蜩

──たばかりよって!

客間のドアを開けた誠一は、いきなり気色ばんだ。
春子は客人の名を訊ねても言わなかった。そうだと知っていて会うわけがない。しかしここで引き返しては、敵前逃亡と男の沽券にかかわるではないか。

誠一は忌々しげに背を反らして廊下を振り返った。春子はとうに台所へ避難していた。

「わいはそこでないをしちょっど?」

誠一は立ち続ける客を無視して、怒りの矛先を来客の対面で目を輝かせて座るなずなへ向けた。

「ええっと、傍聴人が必要かな? と思って?」

誠一の唇角がぴくぴくと痙攣した。
娘のくせに敵の加勢を買って出るとはいい度胸だ。父の一睨みにすごすごと退散していくところは、まだまだ子どもだが。

窓の外は美しい夕焼けだ。差し込んだ斜陽に部屋のなかまで赤々と燃えている。

誠一はソファーに勢いよく尻を落とした。なずなが飲みかけたであろう麦茶を一気に飲み干したのは、道場帰りの喉の渇きのせいではない。
誠一は両腕を組み口を真一文字に結び、目も合わせてたまるかとそっぽを向いた。

ジェイは、緊張でわなわな震える澪を促し腰を下ろすと、静かに目礼して口を開いた。

「突然お伺いして申し訳ありません。ジャンルカ・アルフレックスです。この度はご心配をおかけしました」

「ないも聞っことはなか。お引き取りくれん」

素っ気なく言いながら、誠一は内心、日本人と遜色ない日本語に驚いていた。
英語であったなら、知らん知らんと追い返せたものを。

「本日は、澪さんを迎えに参りました」

誠一はカッと目を剥いた。正面切って切り出すとは、礼儀知らずなのかバカなのか。
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