桜ふたたび 後編
「その前に、一言ご挨拶とお礼を申し上げようと思いまして──」

「挨拶はいらん!」

塩でも撒きそうな勢いで突っぱねて、誠一は小さくなっている澪に向かって、低く言った。

「澪、どげんしてん出て行っちゆとなら、二度とこん家ん敷居は跨がせんど」

澪はと胸を突かれたように息を詰めている。縋るように見つめる瞳が、哀しみの涙で揺れるのを見ると、誠一も言が過ぎたかと反省しないでもない。不意打ちをくらった怒りに加えて、掛かり稽古の熱が残っていたのか、つい攻撃的になって、大人気ない。

「真壁さん、私は感謝しています」

藪から棒の言葉に、誠一は怪訝な目を向けた。
期せずして相手の顔をまともに見ることになり、誠一はしまったと舌打ちした。

──しかし、黒髪なのになぜ瞳の色が薄いのか。

誠一は一度は外した視線を、興味に引かれるように戻した。
相手はやや睫を伏せて、凛乎と構えている。視線がかち合わないように配慮していることに気づいて、敵に塩を送られたようで苦々しい。
とにかく想像していた図体ばかりでかい不逞の輩でないことは確かだ。

「あなたがどれほど澪さんを慈しみ育てられたか、彼女を見ているとよくわかります。辛い境遇にありながら、彼女が純粋なのは、幼い頃、あなた方によって与えられた深い愛情のお陰です。澪さんは、あなたを心から信頼し尊敬しています。もし今、あなたの許しを得ずに家を出れば、彼女は一生後悔するでしょう。東京にいても、どこにいても、彼女の故郷はこの家なのですから」

巧妙に自尊心を擽られ、誠一はううむと口の中で唸った。
なかなかよくわかった男だ。身なりは整っているし、清潔で健康そうだ。
難点と言えば、男前過ぎることか。もてる男を伴侶にすると、澪の母のように一生気苦労が絶えないだろう。

──いや、騙されてはいかん!
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