桜ふたたび 後編

4、カモミールティー

ジェイはギョッとした。
薄暗い部屋で、澪が思い詰めたように座っている。

「どうしたんだ? ライトもつけずに」

気配にも気づかなかったのか、点灯した照明に澪は驚いた顔をする。

「あ……お帰りなさい。今日は、早いですね」

あわてて腰を浮かせる澪に、ジェイは忙しなく言った。

「大阪へ行くことになったから、着替えを取りに寄ったんだ」

「そうですか……」

ぽつりと呟いて、それでもあっさりと、澪はソファに尻を戻す。

ジェイは、階段を上りかけた足を止めた。

まだ一度もこの部屋で、ふたりで夕食をとっていない。
澪が上京した翌日にニューヨークへ帰国して、ようやく戻ってからも深夜の帰宅が続いていた。
寂しい思いをしていないかと、気にかけていたのに──何だ、この手応えのなさは。

ジェイはソファの肘掛けに腰をおろし、澪の肩を抱き寄せ頬にキスした。

「寂しいのなら、寂しいって言えよ」

澪は、なぜか薄く笑った。

「やめた」

「え?」

「大阪には行かない」

「どうしてですか? 仕事は?」

澪は前のめりになっておろおろと言う。

「澪が冷たくするから、行きたくなくなった」

「つ、冷たくなんかしてません」

「それでは、なぜ私を拒むんだ?」

あの夜以来、澪は体に触れさせない。
明るい笑顔で送り出し、温かく出迎え、キスをして、同じベッドに眠るのに、肝心なところで峻拒される。
何度、強引に押し倒そうと思ったことか。──だが、前科があるので、澪の合意なしでは突き進めなかった。

拷問だ。
苦労してようやく手中に収めたのに、こんな仕打ちを受けるとは思ってもいなかった。
〈女の行動に理由を求めていたら、男はみんなノイローゼになってしまう〉と、アレクは曰うたが、なるほど、真理だ。
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