桜ふたたび 後編

4、カモミールティー

ジェイはギョッとした。薄暗い部屋のソファーに、澪が思い詰めたように座っている。

「どうしたんだ? ライトもつけないで」

気配にも気づかなかったのか、点灯した照明に驚いている。

「あ、今日は早いですね」

慌てて立ち上がろうとした澪に、ジェイは忙しなく言った。

「これから大阪へ行くことになったから、着替えを取りに寄ったんだ」

「そうですか……」と呟いて、それでもあっさりと、ソファーに尻を戻す澪に、ジェイは階段を上りかけた足を止めた。

まだ一度もこの部屋でふたりで夕食をとっていない。澪が上京した翌日にニューヨークへ帰国して、ようやく戻ってからも深夜の帰宅が続いていた。寂しい思いをしていないかと、気にかけていたのに、何だこの手応えのなさは。

ジェイはソファーの肘掛けに腰を掛け、澪の肩を抱き寄せ頬にキスをした。

「寂しいのなら寂しいって言えよ」

澪はなぜか薄く笑う。
ジェイはプイッとキッチンへ向かうと、ペットボトルのミネラルウォーターをがぶ飲みして、わざと音をたててカウンターに叩き置いた。澪が怖がることを承知のうえで。

「私は寂しい。せっかく澪と暮らせるようになったのに、これでは以前と変わらない。澪はどうして平気でいられるんだ?」

「お仕事なら仕方ないですから」

素っ気なく返されて、ジェイはぶ然と戻って来ると、カウチにどっさりと腰を落とした。
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