桜ふたたび 後編
澪は、思案深げに目を閉じている。
やがて、小さく息を吐くと、目を伏せたまま言った。
「……セックスだけの女に、なりたくないから」
「バカだなあ。私は澪の全てを愛してる。sexはその一部に過ぎない」
ローマのレストランでの冗談を、澪はいまだに根に持っているのか。
過去の些細なことばの文《あや》を蒸し返して責めるのだから、女というのはたいがいしつこい。
「だけど……」
「もう私とsexしたくなくなった? 私は、飽きられたのか?」
「そうじゃなくて」
「それなら、なぜ?」
間髪入れずに問いただす。こうすると、澪は焦って、いつも本音を吐くのだ。
「えっと……あの……、わ、わたしは、怒ってるんです。だけど……気持ちよくなっちゃうと、すぐ忘れてしまうから」
──たまらない!
真っ赤になりながら、抗議しているのか、煽っているのか。
──何だ? この可愛さは。意図せず男の気分を盛り上げる、天然の小悪魔か!
浮かれた思いが、つい口を軽くする。
「う〜ん、それで? my wifey。私のかわいいひとは、何に腹を立てているのかな? 教えてくれたら、解決できるよう努力しよう」
澪は〝努力〞の本気度を確かめるように、じっとジェイの目を見つめる。
ジェイは、笑いそうになるのを抑えて、真剣な面持ちで頷き返した。
「……何もかも、一人で決めてしまうこと……」
ジェイは思わず目を逸らし、渋い顔をした。
現在の状況に澪が戸惑うことは、予測していた。だが、ここまで思い詰めるとは、思っていなかった。
澪を東京へ呼び寄せた目的は、マダムに引き合わせることだ。
自己評価が低い彼女は、考え過ぎて自らの可能性を潰す。
一方で、責任感が強いから、道筋をつけてやれば、疑いもせず使命を全うしようとする。
彼女に不足しているのは、経験。対人関係への恐怖心も、〝慣れ〞が解決する。
だから、速やかに周りを固め手筈を整えた。
澪の反発など、懸念していなかったのだ。
しかし、思い返せば、彼女は妙なところで礼節にこだわる女だった。そして、流されやすく見えて、実は頑固だ。
早くこちらの問題を片付けて、プロジェクトに専念したかったからとはいえ、今回は少し強引が過ぎたか。
だが、澪の意見など伺っていたら、遅々として進展しないことは目に見えていた。
以前のように悠長に構えている時間は、今のふたりにはない。