桜ふたたび 後編
❀ ❀ ❀

ダイニングに、ほのかなカモミールティーの香りが漂っている。
テキストの文字を目で追いながら、澪の意識は次第に遠のいていった。

──あのとき、誰か車で待ってたんだ。

一度切れたコールは、数分後再び鳴った。それでもジェイの暴走は止まらなかった。

──仕方ないな、散々意地悪しちゃったし。

結婚、結婚と、ジェイは意欲的に言うけれど、彼の結婚観が澪には理解できない。
〈協調し合って、幸せな生活を模索してゆきたい〉と伯父に宣言したのに、ライフスタイルや将来のアウトラインについて、なんの話し合いもされないまま、ただ澪だけが振り回されている。
結婚はできないと、言い出すタイミングすら与えてくれない。

だから、不服を訴えるため、セックスを質にとった。
だけど、肝心なところで情にほだされて、クーデターは失敗に終わってしまった。
彼に抱かれると、赦してしまう自分が、ほとほと情けない。

──結局、セックスの虜になっているのは、わたしのほうなんだ。

「澪さん?」

まどろみに沈みかけた意識に、低く穏やかな声が染み込んでくる。澪はハッとして、傾いた体勢を立て直した。

「疲れましたか?」

「あ、いえ、すみません。だいじょうぶです」

背筋を伸ばしてみせる澪に、條辺葵は薄く形の良い唇の口角を、フッと上げた。

中性的な顔立ちで、スラリと手足が長い。ハンサムショートにいつもパンツスタイル。初めて会ったときの印象は、〈タカラジェンヌみたい〉。

「少し休憩しましょう」

「いえ、ほんとうにすみません。ちょっと寝不足で……」

「あれ──ですか?」

リビングのセンターテーブルに、きれいに山積みされた雑誌に目を向け、葵は席を立った。
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