桜ふたたび 後編

2、悲しきクラッカー

その男は、連れてこられた猩々のように、ジェイの対面に突っ立った。

空を見るともなしに見上げ、絶えず体を揺らしている。胸の前で悪戯に指を弄んでいるその薬指だけが異様に長い。

レオに優しく命じられて、男は落ち着きなく椅子に巨軀を降ろしたが、やはり誰とも目を合わさず、頑丈そうな顎先を捏ねるように掻きながら体を左右にしている。

クマのキャラクターが描かれた首回りが伸びたTシャツに履き古したジーンズ。
しかし、大きく黒い瞳は、無垢と言えるほど澄んでいた。

彼──、カール・マーティンには、クラッカー犯として前科がある。

当時十八歳だった彼は、七つの仮想通貨の取引所や投資企業のシステムに侵入し、約二億ドルを窃取した。

自閉スペクトラム症である彼が、クラッキングが犯罪であると認識していたとは考えにくい。
訴訟能力──被告人として正当な防御能力を欠く者に対して、異例の十年の実刑判決(後に禁固一年、七年間の保護観察に)が下されたのは、貧困のうえにアフリカ系アメリカ人という人種差別があったとしても、納得がいかない。

そのうえ、金の行方はようとして掴めなかったのだから、面妖な事件ではあった。

無論、FBIも監視を続けていたが、母ひとり、頼る親族もないマーティン家の困窮生活に何の変化も訪れず、真相は藪の中となった。

『君は誰にコンピュータを教わったんだ?』

『だれ? だれ?』

『無駄だ、ジェイ。おうむ返しに応えるだけだから』

『母親はどうしている?』

『今、うちの女房と夕食を作っています。呼んでまいりましょう』
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