桜ふたたび 後編

5、マダムのティータイム

ローズガーデンの奥に、八角形の屋根を持つ白いガゼボがある。色とりどりの薔薇と緑の中に密やかに佇む様は、まるで古い絵画のよう。中世ヨーロッパの貴族のお姫様がよく似合う。

そんな優雅な場所で開かれる毎週金曜日のティータイムは、薔薇の香りが強すぎて、澪には少しつらい。加えてテーブルを取り巻く女性達の官能的なノートに、嗅覚より脳がダメージを受けていた。

だから、自我の希求、パーソナリティの確立などと、小難しいテーマでディスカッションされても、まったく右から左に抜けてしまう。

「常勝であるより不敗でありたいというのが、私のポリシー。勝ちすぎた者は、必ず他人から負の感情を向けられるわ。この世で一番怖いのは、人間のおそれからくる妬心だから」

八角形のテーブルを囲むのは、マダムを中心に起業家や富裕層の御令室。マダムの後ろに距離をとって座っているのは、マダムのアシスタント。感じがリンに似ていて身が縮む。

「でも、涼子さんは充分に成功されていらっしゃるから」

お世辞と皮肉、どちらとも取れる微笑みで、茉莉花は言う。落としたらどうしようかと、澪が手を出しかねている高級ティーカップを、優雅に口元へ運びながら。

「彼と結婚したことを成功と仰るのなら、そうね、私には身に余るパートナーね。女優もどきを一夜でセレブにしてしまったのだもの」

少し鼻にかかった声で涼子は謙遜して笑うけど、子どもの頃からモデル・女優として活躍していたことは澪でさえ知っている。
フランスとのハーフで、バービー人形のようなスタイルと、力のある大きなアーモンドアイが魅力的だ。明るく勝ち気な役どころが多かった。

「でも、シンデレラは常に世間の目と自己とのバランスに苦しむものよ。ね? 澪さん」

いきなり振られ、澪は目をぱちくりした。
初対面なのに、涼子の方はなぜか親しげな笑顔を向けている。
それよりも、隣の茉莉花の視線が突き刺さるのはなぜだろう。

「本日はここまでにいたしましょう」

マダムが静かに下知する。淑女たちは音も立てずに椅子から立った。
ふうっと澪が安堵の息を吐いたとき、

「澪は残って、お話があります」

香水の香りを混ぜ合わせるようにして湧き立った風が、止まった。大目玉を察した子どものように居竦まる澪に、羨望の眼差しが集中する。

誰もがリスペクトしているマダムから、直々教えを受けられることなど皆無なのに、なぜか澪は毎回居残りさせられる。マダムからのきついダメ出しタイムなのだけれど、そんなに羨ましいのならば喜んで代わってさしあげましょうと、澪は姿勢の良い背中たちに心の中で呟いた。
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