桜ふたたび 後編

4、ゆれる心

ジェイがニューヨークへ帰国して間もなく、大型台風が太平洋上に長く居座り、秋雨前線を刺激して日本列島にしとしとと長雨を降らせ続けた。

これなら美術館のオープンカフェもクローズだろうと、ぬか喜びをした澪は、げんなりしながらホテルのティーラウンジに座っていた。
〈お暇なら〉といつも優子は誘うけど、これは補習というノルマらしい。

「茉莉花さん、今月のヴィアンカ、早速拝見しましたわ」

一面硝子の向こうに広がる枯山水の中庭から目を戻し、優子が口火を切った。
董子がよいしょするように後に続く。

「結婚式の打合せをされていたホテル、○山荘でしょう? ウエディングドレスは○ナエ・モリなんて、ゴージャスだわ」

「わたしもぉ茉莉花さんのように素敵なパートナーを射止めたいですわぁ」

独身の萌愛は羨望の眼差しを送った。

「それなら、澪さんにご教授いただいたら?」

ねぇ? と、茉莉花から急に振られて、澪はきょとんとした。

「澪さん?」

確かに婚約者はイケメン外国人らしいけど、それが何? と萌愛の表情が言っている。

茉莉花は顎先を上げて、

「だって、クリスティーナ・ベッティから婚約者を略奪された実力者ですもの」

「ええ?」

はしたなく声を上げたのは、萌愛だけではない。

「おとなしそうに見えて、私たちなど足元にも及ばないくらいのやり手でいらっしゃるのよ、澪さんは。どうやって、AXグループ総裁のご子息を籠絡されたのか、みなさんにもアドバイスして差し上げたらいかがかしら?」

澪は、因業な薄笑いを浮かべる茉莉花を悲しげに見つめた。
反論しなければ。クリスの名誉のためにも。わかっているのに、言葉が喉の奥に貼り付いて出てこない。ジェイとクリスが恋人同士であったことは事実だし、どうしても消せない蟠りが、澪を立ち往生させる。

澪は長い睫を人形のように降ろして、静かに席を立ち黙礼をした。
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