桜ふたたび 後編
『なに、お前が案じることはない。すべてはジェイが解決するだろう』
『……どういう意味?』
訝しげなルナに、エルは露骨に、口角をめいいっぱい引き上げた嫌らしい笑みを見せた。
『ジェイが、可愛い妹を、あの女好きのド変態にみすみすやれるわけがない』
ルナは憤然とした。
『私をだしに使ったのね』
『人聞きが悪いな』
さも愉快そうに笑う。その鼻先に、ルナは触れるほど顔を寄せた。
『残念だけど、ジェイはサーラとは結婚しない。彼には婚約者がいるのよ』
挑みかけるようにエルの瞳を覗いて、とたんにルナは飛び退いた。
『知ってたの?』
『己がつけた汚点は、己の手で始末してもらわないとな』
『今までだって、ジェイは充分AXのために尽くしてきたじゃない!』
その瞬間、ハシバミ色の瞳が鋭く光り、妖しげに揺れた。
ルナの心臓が音を上げて打った。
エルの唇が、禍を告げる呪詛師のようにゆっくりと開く。
『AXのため──じゃない。ジェイが尽くしてきたのは、マティーのためだ。当たり前だろう?』
『やめて──』
声が震えた。
エルは歯軋りするように、吐き捨てる。
『奴はマティーの息子じゃない。フェデーがほかの女に生ませた卑しい子どもだ。それを、マティーのお情けで〝アルフレックスの実子〞として育ててやったんだ』
『やめてってば!』
ルナは魔王の歌に怯える子どものように、両手で耳を塞いで叫んだ。
幼い頃──
ジェイが突然、髪を染めてしまったことがあった。
ルナはむくれてしばらく口を聞かなかった。兄のきれいな黒髪が、お気に入りだったから。
少し物事がわかるようになって、遺伝の仕組みを知ったけど、ジェノヴァにある肖像画の祖父はアースアイだし、祖母はオフブラックに近い深いブリュネット。きっと隔世遺伝なのだと思った。
何よりも、美しく優秀な兄を自慢に思う気持ちで、疑問など覚えることもなかったのだ。
でも本当は、いつの頃からか、ジェイがマティーの実子ではないことを、ルナは感じていた。
母は三人の子どもたちに対して、分け隔てなく母親らしい愛情を示さない人だ。だから、彼女の接し方に違和感を抱いたことはない。誰かに耳打ちされた訳でもない。──ただ漠然と、〝感じて〞いた。
ジェイは、知っていたのだろうか。
知っていたから、エルの姑息な嫌がらせに仕返しもせず、マティーの理不尽にも従っていたのか……。
黙り込むルナに、エルは追い討ちをかけるように言う。
『あいつのせいで、マティーは家を出て行った。ジジイが、ジェノヴァの屋敷の主となることをアルフレックス家の跡取りの条件にしなければ、息子を置いていくこともなかっただろう』
憎悪に満ちた顔。
エルのジェイへの嫉妬の根っこは、祖父への恨みなのか。