桜ふたたび 後編
Ⅴ 秋の訪問者

1、曼珠沙華

「ヒガンバナ……」

菜都の呟きが強張りを含んでいて、澪は思わず敷地の木立に視線を向けた。

片隅に、燃え盛る炎のような形をした紅い花がひと群れ、ぽつんと咲いている。
木漏れ日を浴びて、葉もなくただ真っ直ぐに立つ姿は、強く美しく、そして禍々しいほどに妖しい。

澪がその花に気づいたのは、二日前。ホテルのティーラウンジから戻ったときだった。毎日見ている庭なのに、本当に突如、幻のようにそこに現れたのだ。

死人花と呼ばれて縁起のいい花ではないから、誰かが植え付けたとは思えない。種子を作らず球根には毒があるから、風や動物に運ばれてきたものでもない。元からこの地にあったとすれば、マンションが建つ前は畑の畦か、墓地だったのかもしれない。

一方で、この花には曼珠沙華という別名がある。天上に咲く花という意味のサンスクリット語で、慶事の兆しに天から舞い降る縁起のいい花らしい。

冥府の花か天界の花か、凶なのか吉なのか──。どう捉えるのかは見るものの心持ちひとつということだろう。

〈逃げちゃおうよ〉。

あの日は辻の言葉に動揺していたせいか、澪には地獄の焔のように見えて、思わず足を止めしばらく見入ってしまった。

いま、菜都の目には、何が映っていたのだろうか。

菜都から訪問の連絡を受けたのは今朝のことだ。
葬儀の折に挨拶もできなかったし、菜都の気落ちが心配だったから、澪とすれば嬉しいけれど、それにしても初七日を終えたばかりなのに、子どもを置いてわざわざ会いに来るほど、火急の用なのか。
駅からのタクシーの中では芽衣の話ばかりで、よほど言い難いことなのかもしれない。
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