飛べない小鳥は見知らぬ運命の愛に震える
 そっぽをむいたまま、夕鶴は言った。
 琴鳥は苦笑した。
「それで、どうするか決めたのか」
 夕鶴は公園を呑気に歩くハトを見ながら言った。
「はい。……美鷹さんを訴えます」
 彼女を愛しい気持ちはまだある。彼女は確かに一度は琴鳥を救ってくれたのだ。彼女を思う度、見えない傷口から血が流れるような感覚があった。
「訴えるのは時間も気力もお金もかかる。仕事にも影響があるだろう。本当にいいな?」
 夕鶴の確認に、すこし怯む。
「本当は、嫌です。目立つことはしたくありません」
 だが、美鷹がしたことは許されることではない。
 薬を使って、気持ちを歪めて。
 もし、と思うことがある。
 もし薬を使わずにそういうことになったとして、その後にこのことが発覚したとしたら、自分はどう思っただろう。それでも訴える気になっただろうか。
 だが、現実には彼女は薬を使い、彼女を無理矢理に支配しようとした。
 このまま黙っていたら、それを許してしまうことになる。
 オメガへの、自分への理不尽を許してしまうことになる。
 それは嫌だった。
 通り魔に水をかけられたあと、逃げるように外出を避けた。
 だが、何も状況はよくならなかった。なおさら外が怖くなるだけだった。
「逃げても苦しいだけでした」
 家族も友達も温かく居場所をくれる。
 だが、心はいつまでも凍てついていた。
 逃げ場がない。自分の心からはどこへも逃げようがないから。
 このままでいてはずっと苦しみだけが続く。
 だから、一歩を進んでみようと思った。
 戦ったところで、さらに傷付くだけかもしれない。
 それでも、自分のために、自分を認めるために、進みたかった。
「家族とも話し合って決めました。友達も応援するって言ってくれて」
 嫌になったらいつでもやめていい。いつでも逃げていい。逃げ込む場所はあるから。
 だから行っておいで。
 家族の言葉に、琴鳥は声を上げて泣いた。
 母は涙を流して優しく彼女の肩を抱き、姉は一緒に泣いてくれた。父までも涙ぐんでいた。
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