溶けたラムネ入りの炭酸ジュースは、美味しくない。

レジの対応をしていると

「あの、色々ありがとうございました。これ…」


彼女は、見せに来たときとは全然違うスッキリとした表情で、折り畳んだメモ用紙と、ボールペンを僕に手渡ししてきた。


「始発の電車に乗りたいので、そろそろ失礼します」


そう言って、少しお辞儀をしてから、すたすたと前を向いて、振り返ることなく彼女は駅に向かって行った。


何も出来なかった無力感だけが、僕の心には残った。

そもそも、仕事中だったから、…なんて言い訳を付けて心に蓋をしで考えるのをやめた。

しばらくすると、シフトが朝からの人が交代しに来た。

「弘大君ありがとね」

交代するおばちゃんに背中をたたかれ

僕は終わった業務内容を報告して、交代して控え室に戻った。

さっきまで、この控え室には、お酒に飲まれ、脱力状態で苦しんで寝ている人のことが、僕の頭に焼き付いていた。

彼女が寝ていたパイプ椅子は、元の定位置に戻っていて、あれは幻覚だったんじゃないかと、錯覚しそうになったが、ほんのり彼女の香水が残っていて、現実だったんだと認識した。

疲れて座り込んだ僕は、彼女がおいていった、折り畳んだメモ用紙を開く。

すると、中からコインが出てきて、机に、コンッと音を立てたと思えば、コロコロと転がって、横においてあったボールペンにぶつかりクルクル回りながら止まった。

よく見ると500円玉だった。



“お仕事中に、ありがとうございました。

ラムネ、頭痛くなったら食べてみます。

お仕事中で、お礼の仕方が分からなかったので

良ければ好きなアイスでも、飲み物でも買って下さい。”



中にはメッセージが書いてあって、文字の最後にはうさぎのイラストが添えてあって、女の子らしさを感じた。

そこほどのことを僕はしたんだろうか。

何もできてなかったと感じたのは、僕だけなのか、それともお世辞でこう言ってるのか。


よく言う、お世辞でも嬉しいというのは、なんとも言い表しにくいが、口角が少し上がるような、この感覚のことを言うのだろうか。


ただ、ほっといたら吐かれるかもなんて思って、したことだったが彼女には、良いことだったのだろうか。

駅で見つけたら、手は貸さないけど遠目であの人大丈夫かなぐらいのテンションで見ていたんだろうなと思うけど

自分の働いている環境に来たからこそ、やった出来事に過ぎなくて

駅だったら間違いなく、危ない人に声掛けられていただろうなと思うと、僕だから運が良かったのだろう。

そう思うことで、僕の存在意義を当てはめたら、気が少し楽になった気がした。



< 9 / 32 >

この作品をシェア

pagetop