【書籍化予定】ニセモノ王女、隣国で狩る
南ノ国へ出発するまでの数日は、朝から晩までレーベンス夫人からリリアナ王女について教わり、心休まる暇もなく忙しく過ごした。
王宮での時間はあっという間に過ぎ、気が付くと西ノ国の王女リリアナが南ノ国に旅立たねばならない朝を迎えた。
アマリーの心境に呼応したのか、天気は土砂降りの雨だった。
普段は眩しい朝日を浴びて煌めく王宮が、今朝は鈍色の空の下で暗く濁って見える。
この国の王女が隣国の祝典に参加するという、めでたい日のために準備された馬車は大変立派なもので、白い車体には惜しげもなく金箔が貼られ、全面に豪奢な彫刻が施されていた。その前後に同行者や国境までの見送り人が乗る馬車が並び、数多の兵たちが警備のために整列している。
王宮の建物を出てから馬車に乗るまでの間、アマリーは緊張しすぎて、意識が飛んでしまいそうなほどだった。
国境までの道のりは長かったが、アマリーに同乗するカーラとおしゃべりをする心のゆとりはまったくなかった。
異変が起きたのは、ジェヴォールの森に入ってしばらく経った時のことだ。
国境となる深い森の中を走っている最中に、急に馬車が止まった。
「あれっ……こんなところで休憩ですかね?」
カーラが窓のカーテンをサッと開ける。
外を見やると、窓ガラスを叩く雨粒の向こうに太い木の幹や濃く茂る葉が見えた。
どうやら狭い道の先に巨木が倒れ、進路を塞いでしまっているようだ。
雨音が馬車の屋根を間断なく叩く中、アマリーとカーラはひたすら車内で待機し続けた。兵たちはその倒木を退けるのに苦慮しているのだろう。
狭い空間で待ち惚けをくらい、どうすることもできず、幾度もため息をつく。
ちらちらと外の様子を窺うも雨の中、倒木撤去作業の進捗状況は芳しくないようだ。
すると唐突に、兵たちの雄叫びが聞こえた。続けて金属音があちこちから鳴り響く。窓の外からは、大勢の叫び声がする。
「王女様! 何者かに襲われています! お逃げください!」
驚いたアマリーが逆側の窓の方を振り向くと、メキメキと不気味な音がして上空から影が動き、背の高い木々が倒れてくるのが視界に入った。
(なに、なに!? なにが起きてるの?)
恐怖に駆られて、馬車の中で立ち上がり、外の様子を知ろうと窓に近付く。
新たに倒れてきた木々により、隊列は分断されていた。
その時、どこからともなく覆面の集団がわらわらと現れ、一行を取り囲んだのが見えた。
「なんですか、あいつら!?」
カーラの問いに対する答えを持ちようがない。
馬車の周りの兵たちは覆面の集団に襲われ、応戦していた。
急に馬車の扉が外から開かれ、カーラが悲鳴をあげる。
目の前に現れたのは覆面をした男で、馬車の中に乱入してきた。
「リリアナ様! お迎えに参りました!」
男は乗り込むなりアマリーの腕を掴んだ。顔に巻いた黒い布の隙間から、狂おしいまでに爛々と輝く黒い瞳が覗いている。
恐怖に絶叫するアマリーの前で、男は覆面を颯爽と剥ぎ取った。
「私です。リリアナ様」
どうだとばかりに顔面を突き出されても、まったくもって見知らぬ顔だ。
キツいカールを描く黒髪は雨に濡れそぼり、漆黒の瞳は怯んでしまうほどひたとアマリーに向けられている。暗い色彩が厭世的な印象を与える一方で、鍛えているのか体格はいい。
まったく見覚えのない顔だし、濃い灰色の服装は西ノ国の兵の軍服でもない。
ましてや王女であるはずのアマリーの腕を掴むなど、どういうことか。色々と怖すぎる。
「ちょっと、貴方誰っ!?」
カーラが鋭い目つきで乱入者を睨み、アマリーに触れている手を押し退けようとした。だが男は素早く片手でカーラの肩を掴むと、そのまま彼女の身体を馬車の外に押し出した。
勢いよく押されたカーラは、どこかに掴まろうと腕を振り回しながら、車体から落下する。
「カーラ!」
アマリーは驚愕して叫んだ。侍女の安否を確かめたいが、男が馬車のさらに中へと身を滑り込ませて迫ってくるせいで、できない。
男はアマリーを馬車の隅に追い詰めると口を開いた。
「リリアナ様、愛しています」
それは時と場所を一瞬忘れてしまうくらい、情熱の込められた声色だった。
「――あの別れの言葉は、嘘なのでしょう?」
(別れの言葉――? なんのこと?)
「私をもう愛していないなど……。あれは、私に貴女を諦めさせるための、優しい嘘だったのでしょう?」
(話が、まったく見えない――!!)
王宮での時間はあっという間に過ぎ、気が付くと西ノ国の王女リリアナが南ノ国に旅立たねばならない朝を迎えた。
アマリーの心境に呼応したのか、天気は土砂降りの雨だった。
普段は眩しい朝日を浴びて煌めく王宮が、今朝は鈍色の空の下で暗く濁って見える。
この国の王女が隣国の祝典に参加するという、めでたい日のために準備された馬車は大変立派なもので、白い車体には惜しげもなく金箔が貼られ、全面に豪奢な彫刻が施されていた。その前後に同行者や国境までの見送り人が乗る馬車が並び、数多の兵たちが警備のために整列している。
王宮の建物を出てから馬車に乗るまでの間、アマリーは緊張しすぎて、意識が飛んでしまいそうなほどだった。
国境までの道のりは長かったが、アマリーに同乗するカーラとおしゃべりをする心のゆとりはまったくなかった。
異変が起きたのは、ジェヴォールの森に入ってしばらく経った時のことだ。
国境となる深い森の中を走っている最中に、急に馬車が止まった。
「あれっ……こんなところで休憩ですかね?」
カーラが窓のカーテンをサッと開ける。
外を見やると、窓ガラスを叩く雨粒の向こうに太い木の幹や濃く茂る葉が見えた。
どうやら狭い道の先に巨木が倒れ、進路を塞いでしまっているようだ。
雨音が馬車の屋根を間断なく叩く中、アマリーとカーラはひたすら車内で待機し続けた。兵たちはその倒木を退けるのに苦慮しているのだろう。
狭い空間で待ち惚けをくらい、どうすることもできず、幾度もため息をつく。
ちらちらと外の様子を窺うも雨の中、倒木撤去作業の進捗状況は芳しくないようだ。
すると唐突に、兵たちの雄叫びが聞こえた。続けて金属音があちこちから鳴り響く。窓の外からは、大勢の叫び声がする。
「王女様! 何者かに襲われています! お逃げください!」
驚いたアマリーが逆側の窓の方を振り向くと、メキメキと不気味な音がして上空から影が動き、背の高い木々が倒れてくるのが視界に入った。
(なに、なに!? なにが起きてるの?)
恐怖に駆られて、馬車の中で立ち上がり、外の様子を知ろうと窓に近付く。
新たに倒れてきた木々により、隊列は分断されていた。
その時、どこからともなく覆面の集団がわらわらと現れ、一行を取り囲んだのが見えた。
「なんですか、あいつら!?」
カーラの問いに対する答えを持ちようがない。
馬車の周りの兵たちは覆面の集団に襲われ、応戦していた。
急に馬車の扉が外から開かれ、カーラが悲鳴をあげる。
目の前に現れたのは覆面をした男で、馬車の中に乱入してきた。
「リリアナ様! お迎えに参りました!」
男は乗り込むなりアマリーの腕を掴んだ。顔に巻いた黒い布の隙間から、狂おしいまでに爛々と輝く黒い瞳が覗いている。
恐怖に絶叫するアマリーの前で、男は覆面を颯爽と剥ぎ取った。
「私です。リリアナ様」
どうだとばかりに顔面を突き出されても、まったくもって見知らぬ顔だ。
キツいカールを描く黒髪は雨に濡れそぼり、漆黒の瞳は怯んでしまうほどひたとアマリーに向けられている。暗い色彩が厭世的な印象を与える一方で、鍛えているのか体格はいい。
まったく見覚えのない顔だし、濃い灰色の服装は西ノ国の兵の軍服でもない。
ましてや王女であるはずのアマリーの腕を掴むなど、どういうことか。色々と怖すぎる。
「ちょっと、貴方誰っ!?」
カーラが鋭い目つきで乱入者を睨み、アマリーに触れている手を押し退けようとした。だが男は素早く片手でカーラの肩を掴むと、そのまま彼女の身体を馬車の外に押し出した。
勢いよく押されたカーラは、どこかに掴まろうと腕を振り回しながら、車体から落下する。
「カーラ!」
アマリーは驚愕して叫んだ。侍女の安否を確かめたいが、男が馬車のさらに中へと身を滑り込ませて迫ってくるせいで、できない。
男はアマリーを馬車の隅に追い詰めると口を開いた。
「リリアナ様、愛しています」
それは時と場所を一瞬忘れてしまうくらい、情熱の込められた声色だった。
「――あの別れの言葉は、嘘なのでしょう?」
(別れの言葉――? なんのこと?)
「私をもう愛していないなど……。あれは、私に貴女を諦めさせるための、優しい嘘だったのでしょう?」
(話が、まったく見えない――!!)