しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
夕食が終わるとリビングのソファに集まり、食後のティータイムというのが四季杜家の習わしだ。
衣都は本来の目的を果たすべく、トートバッグから発表会のパンフレットを取り出すと、綾子に差し出した。
「発表会のパンフレットが出来たので、和歌子先生の代わりにお持ちしました」
「あら~?もうそんな時期なのね~」
発表会は四季杜が経営するコンサートホールで行われる。一流のオーケストラが招かれることもある立派な音響設備の備わったホールだ。
本来ならピアノ教室の発表会で使用するなど考えられないことだが、綾子が理事を務める文化振興財団からの援助があり、破格の値段で貸してもらえるのだ。
練習した成果をコンサートホールで発表することは、ピアノを習っている生徒にとっても励みになる。
目標がある方が、ただ漫然とレッスンを受けるよりも練習に身が入るし、なにより達成感が違う。
「今年は衣都ちゃんがオープニングアクトなのね~?」
パンフレットをめくっていた綾子は驚いたように手を止めた。
「はい。和歌子先生からご指名を頂きまして……」
発表会では毎回、オープニングアクトを講師が務める。
今回は和歌子の指名で衣都がその栄誉に預かった。
新参者にそんな大役は務まらないと一度は断ったのだが、和歌子から『衣都先生がどんなピアノを弾くのか、生徒さんにも知ってもらいたいの』と言われ、恐れ多いが引き受けることになったのだ。
「それなら絶対に見に行かないといけないね」
「そ、そんな……」
響がそう言うと、衣都はもじもじと手元をいじりながら頬を真っ赤に染めた。
(ひ、響さんが見に来たら緊張してピアノどころではないわ……!)