しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~

 ◇

 宴もたけなわになり、衣都がいそいそと帰り支度をしているところに響がやって来た。

「家まで送っていくよ」
「いいんですか?」
「衣都をひとりで帰らせたら、僕が母さんに叱られてしまうよ」
「ふふっ」
 
 響は衣都より六歳年上。今年、三十歳になった。
 母親に叱られたくらいでしょぼくれるような年齢でもないのに、困ったように言うものだから衣都はつい笑ってしまった。
 時刻は夜の九時を少し回ったところ。
 駅に向かうバスもまだあるし、タクシーを使うという手もあったが、送ってくれるという響の言葉に甘えることにした。

 綾子に別れを告げ屋敷の外に出ると、衣都は響のセダンの助手席に乗り込んだ。
 セダンはゆっくり車庫を発進し、衣都の住むマンションを目指し丘を駆け下りていく。

「今日は久し振りに衣都の顔が見られて嬉しかった」
「私もです」
「どう?仕事は慣れた?」
「はい。色々と教えて頂いて……」
「そう、良かった」

 当たり障りのない世間話が終わると、沈黙が流れる。

(もっと気の利いたことが言えればいいのに……いつも言葉が出てこない)

 衣都はおしゃべりが得意な方ではない。
 食事の席では綾子に相槌を打っていればよかったが、一対一となるとそうともいかない。
 衣都は対向車のテールランプに照らされた響の横顔をこっそり眺めた。

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