しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
凛とした表情で道路を見つめ、巧みなハンドルさばきで車体を動かす。そんな些細な行動にいちいち胸がときめいてしまう。
響は衣都がこんなことを考えているなんて、思いもしないだろう。
(この時間が永遠に続けばいいのに……)
しかし、いくら永遠を願ったとしても、終わりはやってくる。
四季杜家の屋敷を出て二十ほどで、響の運転する車がマンションのエントランスに横づけにされた。
「送って頂いてありがとうございました」
「衣都」
シートベルトを外し助手席から降りようとする衣都を、響はそっと呼び止めた。
顔にかかった髪を耳にかけられ、頬に手が添えられる。
耳たぶに触れる指先の動きに、ピクンと身体が反応した。
「発表会、本当に楽しみにしているよ」
衣都は声も出せずに、コクコクと壊れた人形のように頷いた。
社交辞令ではなく本当に見に来るつもりなのだ。嬉しくて胸が苦しい。
響がくれる何気ない言葉が衣都にとっては、極上の旋律を奏でる。
(行ってしまった……)
車を降りた衣都は走り去っていく響の車を名残惜しく見送った。
この恋が叶わないことは分かっている。
元居候の分際で、四季杜財閥の御曹司に恋慕の情を抱くなんて、身の程知らずもいいところだ。
響には数多の御令嬢からの縁談が絶えないと聞く。
――どうやっても手が届かない人。
いつか終わる恋だけれど、今はまだ終止符を打ちたくない。