しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
(ああ、なんて幸せなの……)
衣都はピアノを弾きながら、溢れ出る多幸感に胸を震わせていた。
衣都がピアノを習い始めたのは四歳の時。
大好きな母と同じようにピアノが弾いてみたくて、習いたいと自分からおねだりしたのだ。
習い始めるとすぐにピアノが大好きになった。
楽しい時も、悲しい時もいつもピアノを弾いていた。大人しい性格の衣都にとって、ピアノは感情表現のひとつだった。
音楽大学を卒業した友人の中には、音楽を離れ、一般企業に就職する者もいた。
そんな中で、こうしてピアノ講師の職を得ることが出来たのは幸運だった。
――ピアノと一生付き合っていける。
演奏が終わると衣都はスツールから立ち上がり、客席に向かって一礼した。
割れんばかりの拍手が会場を包み、いつまでも鳴りやまなかった。
(あ……)
顔を上げ客席を眺めると、ホールの出入口の辺りに響が座っていた。
客席には大勢の人が座っていたが、衣都には響がどこにいてもすぐにわかった。