しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
「あー響さん?今日のところは衣都を家に連れて帰ってもいいですかね?いやね?うちの娘がこの間から『衣都に会いたい』ってうるさいもんで」
「律の子供はまだ一歳にもならない赤ん坊だろう?流暢にお喋りできるはずがない」
適当な理由をでっちあげた律に、響が正論を突き付けていく。律はやれやれとでも言いたげに首の後ろをかいた。
「結婚前に兄妹水入らずで過ごす時間くらい、もらっても罰は当たらないんじゃないですか?響さんなら、目くじら立てずに快く許してくれますよね?」
律は響を試すように、悠々と微笑みかけた。
衣都同様、長い間居候生活を送っていた律は、何をどう言えば響のプライドを刺激することができるか熟知していた。
藪を突いて蛇を出すようなヘタを打つこともない。
器が小さいのではないかと、皮肉を交えて言われてしまっては、響としては引き下がるしかなかった。
「……わかった」
「ほら、衣都。行くぞ」
「うん……」
衣都はトートバッグを肩に掛け、しずしずと律の後ろについていった。
「明日、仕事が終わる時間に迎えに行く」
すれ違いざま業務連絡のように淡々と声を掛けられ、足が止まりそうになる。
響は同居をやめる気もなければ、結婚を白紙に戻すつもりもさらさらないのだ。
衣都は玄関の扉が閉まる最後の瞬間になっても、返事をすることができなかった。