しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
衣都はうーんと頭をフル回転させ、三十分かけて生徒全員分の指導記録を書き終えた。
指導記録をつけたら、この日の仕事は終わりだ。
ロッカーに置いてあるトレンチコートを羽織り、トートバッグを肩にかけていく。
タイムカードを押し、事務室を出ようとしたところで和歌子とばったり遭遇する。
「あら、今帰り?ちょうどいいところで会ったわね、衣都先生。来月の発表会のパンフレットが届いたから、四季杜の奥様に届けてもらえないかしら?」
「私が、ですか?」
予想外の頼まれごとに、衣都は目を瞬かせた。
コスモスハーモニー音楽教室では春と秋の年二回、発表会が開催されている。
この街一番のお金持ちにして、発表会のスポンサーでもある四季杜家の奥様にパンフレットを届けに行くのは、本来ならこの教室の経営者である和歌子の役目だ。
「ほら、四季杜の奥様も私より衣都先生の顔を見た方がきっと喜ばれるでしょう?あなた、最近お屋敷に顔を出していないようだし、きっと寂しがってらっしゃるわ。お願いできる?」
「……はい。わかりました」
衣都は刷りたてのパンフレットを二部受け取ると、トートバッグの中に大事にしまった。