しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~

「もしもし?」
『衣都ちゃん、今大丈夫かしら〜?』

 聞き慣れた朗らかな声。語尾が少しのびるのが、綾子の話し方の特徴だった。本人に間違いない。
 
「はい、大丈夫です。仕事が終わって帰るところだったので……」
『ちょうどよかったわ〜。今からうちに来ない〜?』

 なんという渡りに船。衣都は誘いに飛びついた。

「私もおば様のところにお伺いしようと思っていたところなんです」

 衣都は綾子との通話を終えると、横断歩道を渡らずに駅へ向かい、丘の上の住宅地行きの路線バスに乗り込んだ。
 目的のバス停は駅から二十分ほどの距離だ。バスを降りると、衣都はてくてく坂道を歩き始めた。

 四季杜家の屋敷は街を一望できる丘の上にある。
 かつて通い慣れた道を懐かしみながら歩けば、欧州の歴史ある宮殿を思わせるような、素晴らしい意匠の洋館が現れてくる。

(相変わらず、大きな家)
 
 六年前まで、自分もこの家の住人だったというのに、今では他人のような感想しか抱くことができなかった。

 四季杜グループといえば、日本で五本の指に入る大企業だ。その歴史は古く、開業は江戸時代まで遡る。
 小さな回漕問屋から始まった四季杜家は、時代の流れを巧みに乗り切ることでその頭角を表した。
 明治維新、幾たびの戦争、高度経済成長期という歴史の転換期を経て、現在は陸、海、空を牛耳る日本の物流を一手に担う大企業へと成長を遂げた。
 そして、いつしか日本の発展に貢献した敬意を表され、『四季杜財閥』と呼ばれるようになっていた。
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