しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
――ピアノを弾いていたのは制服姿の衣都だった。
大胆に身体全体を揺り動かしながら、一心不乱に指を動かしている。
真剣な眼差しはひたすら鍵盤に向けられており、覗き見している響に気がつく様子はない。
衣都のピアノは荒々しかった。
感情の赴くままに、脇目も振らずにピアノへと向かう衣都に、思わず目が釘づけになる。
まるで自分の感情をすべてピアノにぶつけているかのようだった。
口数の少ない衣都の代わりに、ピアノが雄弁に語りかける。
彼女の怒り、苦しみ、悲しみ、嘆き、苦しみ。
七色の虹のように、次から次へと違う感情がピアノにこめられていく。
聞いてるこちらまでどうにかなりそうだった。
(当たり前か……)
衣都はこの時まだ十四歳。
たった数ヶ月の間に両親を失い、住み慣れた家からも追い出されてしまった。
親戚を頼りにすることもできず、父親が守ろうとした会社は買収され、世間から三宅製薬の名前は消え去った。
厳しい現実を受け入れるには、衣都はあまりに幼かった。