しきたり婚!~初めてを捧げて身を引くはずが、腹黒紳士な御曹司の溺愛計画に気づけば堕ちていたようです~
「どうだった?」
響は応接室の扉の前で、衣都が戻ってくるのを待っていてくれた。
首を横に振ると、呆れたように言い捨てる。
「まったく……。本当に大人げないな、母さんは」
「でも、悪いのは私達だわ……」
良かれと思ってセッティングした縁談を、自分勝手な振る舞いで台無しにしたのは他ならぬ衣都と響だ。
「放っておけばいいよ。父さんが認めた以上、母さんが何をしようがこの結婚が覆ることはない」
響は実の息子とは思えないほど冷たい口調で、綾子を突き放した。
響にとって、他人からの承認はさして重要ではない。
誰が怒ろうが喚こうが、自分が決めたことを貫き通すだけの気骨があるからだ。
しかし、衣都は違う。
「響さん、私……おば様には本当にお世話になったんです」
突然、家にやってきた赤の他人を思いやることができる人間がどれぐらいいるだろう。
綾子は人間の醜い一面ばかりを見て絶望していた衣都を明るく照らしてくれた。
衣都を本当の娘のように扱い、受賞歴を聞くと、離れのピアノを自由に弾いていいと、快く許可をくれた。
音大を受験するように強くすすめてくれたのも、綾子だった。
「私、おば様にもこの結婚を認めてもらいたいの」
衣都にとって綾子は、最も結婚を祝福してもらいたい恩人だ。
放っておけと言われても、放っておくわけにはいかない。
衣都は結婚を認めてもらえるよう、根気強く話をするつもりでいた。