夫婦ごっこ
 一番の憂いがなくなったところで、義昭との約束を果たそうと彼に向き直れば、義昭は随分と申し訳なさそうな顔をしていた。

「奈央さん、すみません。強引なことをして。あなたが困っているように見えて、お節介を焼いてしまいました。気乗りしなければこのまま解散で大丈夫ですからね」

 驚いた。奈央が修平たちと食事に行くことを嫌がっていると察していたらしい。彼の誘いはその上でのものだったようだ。恐るべき観察力ではないだろうか。もしかしたらその力があるから、謎解きも得意なのかもしれない。

 そして、この人はとんでもないお人好しのようだ。今日会ったばかりの奈央にここまで心を砕いてくれるなんて優しすぎるだろう。こんな優しい人の好意だけ受け取って、ハイさよならなんてできるわけがない。それに奈央にもちゃんと義昭と話してみたいという気持ちはあった。だから、義昭が嫌でないのなら、ちゃんと約束を果たしたい。

「……すごい観察眼ですね。でも、生方さんとお話したいのは本当ですよ」
「本当に? では、カフェにでも入りましょうか。コーヒー一杯分付き合ってください」

 きっと長くは引き留めませんという心遣いだろう。こんなに紳士的な人に会ったのは初めてだ。

 おそらく奈央よりも年上なのだろうが、もしかしたら奈央が思っているよりもずっとずっと年上の大人なのかもしれない。見た目では奈央よりも数歳上のアラサーに見えるが、実はアラフォーだったりするのだろうか。奈央も二十六歳と大人であるとはいえ、まだまだ若者の部類に入るはずだし、きっと義昭からしたらひよっこにしか見えないことだろう。

 義昭は「付き合ってください」なんて言い方をしてくれたが、奈央に義昭が付き合ってくれていると捉えたほうが正しいに違いない。彼の言葉に恐縮することもできるが、きっとまた大人の対応で上手く返されてしまいそうだから、奈央はただ「はい」と答えて、二人で近場のカフェへと移動した。
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