夫婦ごっこ
 そうしてさらに三十分くらいが経っただろうか。パズルに集中しきっていたら、不意に義昭から声をかけられた。

「奈央さん、どんどんこっちに浸食してきてる」
「あ、ごめん。夢中になっちゃって」

 集中しすぎて、いつの間にやら義昭側へとどんどん進んでしまっていたらしい。随分と義昭のほうへと乗り出していた。

 奈央はやってしまったと苦笑いしながら、義昭のほうへ顔を向けてもう一度ごめんと謝ろうとした。でも、思ったよりも義昭との距離が近くて、ごめんの言葉は出ずにただただ驚いてしまった。

 すぐ間近に優しい微笑みを浮かべた義昭の顔がある。義昭のその笑みを間近で浴びていたら、なぜか急に鼓動が速くなってきた。苦しいほどの速さではなく、心地いいくらいの範囲でトクトクと自分の心臓が脈打っている。しかも、なぜか義昭から目が離せない。

 どうして自分がそうなっているのか理解できなくて、奈央はしばし呆然としてしまった。

「奈央さんはすぐ入り込んじゃうからね」
「……」
「奈央さん?」
「え、あー、うん。じゃあ、続きは義昭さんに任せて私はこっちに戻るね」
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