夫婦ごっこ
第五章 片想いから片想いへ
 一晩経ってみても義昭の存在を意識すると鼓動が高まった。心が疼いて仕方ない。ずっと心地よい息苦しさが続いていて勝手にため息がこぼれ落ちてしまいそうだ。今日は日曜日で一日何の予定もないが、この状態で義昭と二人きりでいてはもう身が持ちそうにない。いったん義昭から離れて気を落ち着けようと、奈央は一人で出かけることにした。

「義昭さん。私今日は午後からお出かけしようかな」
「そっか。何か用事?」
「ううん。特に何かあるわけじゃないけど、今日は外に出たい気分だから、適当にぶらつこうかなって」
「あー、そうなんだ。それなら僕も一緒に行っていい?」

 義昭がついてくるとは想定していなかった。義昭は最近仕事が繁忙期を迎えて忙しいようでいつも帰りが遅い。だから、休日くらい家でのんびりしたいだろうと思っていたのだ。義昭も一人でゆっくりできるし、一人でお出かけが最適だと考えていた。

「え、でも、義昭さん疲れてない? 最近仕事忙しそうだし、家でゆっくりしてなくていい?」
「大丈夫だよ。家で一人でいるよりは奈央さんと出かけたほうが気分転換になるし。でも、奈央さんが一人のほうがよかったら大人しく留守番してるよ」

 こんなことで嘘をついても意味はないし、きっと義昭の本心なのだろう。普段であれば喜んでついてきてもらうが、冷静になりたくて一人で出かけようとしているのに、奈央の心を乱している張本人が一緒だと意味がなくなってしまう。丸一日一緒にいて普通でいられる自信がない。

 でも、義昭の瞳には期待がこもっているように見えてとても断りづらい。もしも断って義昭に悲しい顔でもさせたら、きっと罪悪感でいっぱいになるだろう。今の奈央が義昭と二人で出かけてどうなるのかまったく予想はつかないが、二人きりになるような場所に行かなけれが少しは冷静でいられるはずだ。だから大丈夫だと奈央は自分に言い聞かせて、仕方なく義昭の同行に許可を出した。

「じゃあ……一緒に」
「ありがとう、奈央さん」

 優しい微笑みを返されて、奈央は心をきゅっとつかまれたようになった。喜んでもらえてとても嬉しいが、出かける前から心を乱されてしまって、これは早まったかと今から不安になってしまった。
< 95 / 174 >

この作品をシェア

pagetop