氷の女と呼ばれた私が、クソガキ御曹司に身も心も溶かされるまで。
シドの口が空っぽになる度に、わんこそばの要領でパンケーキを突っ込み続ける。
やがて、シドが言った。
「へいははほほひひひはひっ?」
「シド、お行儀が悪いです。話す時は口の中の物を飲み込んでからにしなさい。」
「んっ、星羅はどこに行きたいっ?」
ああ、ようやく私の意見も取り入れる気になりましたか。
しかし、いざ聞かれると行きたい場所が何も思いつかず、返答に窮した。
こういう時、私はいつも相手任せで、以前の婚約者にも「俺ばっか決めさせんじゃねぇよ。」「ホント、面倒臭ぇ女。」と散々言われたものだった。
あれから全く進歩していない私は、結局こう答えるしかない。
「シドの行きたいところに。」
「明日は?」
「シドの行きたいところに。」
「明後日は?」
「シドの行きたいところに。」
「明明後日は?」
「シドの行きたいところに。」
元・婚約者ならとっくにブチ切れているところだろう。
いや、こんなやる気の無い女、元・婚約者でなくてもブチ切れるに違いない。
しかし、良くも悪くも素直なシドは、私の言葉を額面通りに受け取った。
その大きな瞳をキラキラさせて「ホ、ホントに全部俺の行きたいところでいいのっ?」
「ええ、シドの行きたいところに私も行きたいです。」
黒い瞳が更に輝きを増す。
次の瞬間、シドの体がボールのように跳ねた。
ピョンとベッドから飛び降り、別室に走っていったかと思うと、すぐにノートを手にして戻ってきた。
興奮に声を弾ませて「お、俺、日本でやりたいことがたっくさんあるんだぜっ!!」
「何ですか、そのノートは。」
「俺のやりたいことリストなんだぜっ!」
「見ても?」
シドがコクコクと頷いて、ノートを差し出す。
表紙をめくると、彼の『やりたいこと』とやらが1ページを丸々使って書かれていた。
力強い筆圧で簡潔に一言。
『びじょとでーとする』
そして、その『びじょ』の部分に×印がされ『せいらさん』と修正されている。
私は無表情で次のページをめくった。