「みんなで幸せになると良いよ。」
お母さんは凄く丁寧だけど、人懐っこい性格のひとだったわ。

挨拶した私の名前を聞き直すことなく


「佐紀ちゃん、佐紀ちゃん」って呼んでくれた。


本当の親にも「あなた」って言われてた。自分の名前が「佐紀」だということすら忘れそうになっていた。

だから、私には十分すぎるほど幸せだった。

お母さんのことを『ママ』って呼んでみたりして。
ママははじめこそ驚いたけど2度目からは意識せずに振り向いてくれた。

どうしてもこの家に居たいと思うのにそう時間はかからなかったわ。
ママにも彼に話したように、すべてを話したわ。
少しの嘘。
「虐待」っていう言葉も付け足して。
若すぎて、必死すぎて、浅はかすぎる嘘だったわ。

愛されていなかったのは事実でも、少なくとも肉体的な虐待はなかったから。

ママは「家に電話だけはしときなさい」って繰り返したけど、私が拒んだの。
するとママは「代わりにかけてあげる」って。
「勝手にしなさい!」じゃなくて「代わりにかけてあげる」
それだけでも凄く嬉しかったの。

電話機にママはペコペコお辞儀しながら凄く丁寧な口調で話してくれてた。

会話がヒートアップしてるのは火を見るより明らかだったわ。
「あなたそれでも母親ですか!」とか、凄く強い声で言ってた。

不安になって小さい彼の方を見ると「大丈夫、大丈夫。」って笑ってくれたの。
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