俺様御曹司からは逃げられません!

and then ?

 ビルトイン食洗機に、使い終えた食器を全て綺麗に収めるのは意外と難しい。
 これは、ここ最近得た楓の新たな知見だ。
 
 今日も食器を何度も出し入れし、四苦八苦しながらなんとか全てを収め終えた。ピッとスタートボタンを押すと、えもいわれぬ達成感が楓の胸に込み上げる。
 
 こんなハイテク家電は楓の自宅はもちろんのこと、実家にもなかった。
 絢人の家に出入りするようになってからその利便性を知って感動したのは記憶に新しい。

 食洗機の洗浄音に混じって、リビングからは流暢な英語が聞こえてくる。
 この家の主である絢人は今、リビングでビデオ会議の真っ最中だ。

 絢人は二見グループを代表する総合商社、二見商事に籍を置いているが、現在は連結子会社の二見商事ケミカルに出向し、二十八歳という若さで執行役員を務めている。
 そのため多忙を極めているらしく、時折こうして家でも仕事をしている。
 祝日の今日は、海外の取引先とのビデオ会議が入っているらしい。
 
 仕事の邪魔にならないように楓は帰ろうとしたのだが、「すぐに終わるから待ってろ」と睨まれたためこの場に居座っていた。
 それに、たとえ彼が仕事をしていようと一緒にいたいのは、楓も同じだった。

 絢人と過ごせる時間、特に週末は貴重である。
 
 楓に土曜保育のシフトが入ったり、絢人が海外出張やゴルフに行ったりなんなりで、丸一日二人でゆっくり過ごせるのは月に一度あればいい方だ。
 
 平日に会うこともあるが、その時はベッドで過ごす時間が圧倒的に長い。毎回前後不覚になるほど愛されるので、会話という会話はほとんどないに等しい。
 
 彼に激しく求められるのは恥ずかしいけれど、同時にとても満たされた気分になる。
 けれどもこうしてまったりと二人きりで過ごす時間もまた、楓にとっては至福の時だった。
 
 無防備な彼の表情を独占できて、自分が彼にとって特別な存在になれたのだと、その時だけは勘違いをしても許される気がするから。
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